僕らは一人
2007年 08月 29日
という言葉はいつから浅薄さを帯びてきたのだろうな。
その浅薄さを理解すれば、「死にたい」という言葉を言ったり書いたりしたくなる人の気持ちはわからなくはないです。どっちかっていうとわかる人より。
まあ「結局のところ俺は俺で君は君」ということに自分で気づいてしまえばメッセージの内容は霧消する運命にある。
必要とされているのはメッセージが届いたという事実。あ、事実がなくても実感がありゃいいのか。
僕は一人、
なのではなく
僕らは一人。
という、ある意味矛盾した言葉によって世界を肯定的にとらえることができる。
とらえることができても、大切な誰かを媒介することなしにその世界とつながれる気がしない。
だってある意味自分はどうなったっていいんだから。
例えば誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとしたなら。
俺真っ先に立候補するわ。
健全な自己犠牲の精神。
俺のように親や周りの人々の愛情を全身に受けて育ってきたと自信を持っていえる特異な事例の人間ですらそうなのだから、いわんや…
何かがないことしか歌えない。何かがあることを歌える強さに憧れる。
よくわからなくなってきた。おやすみ。
うん、よく寝ることは大事です。
ずっとあってないから会いたいなぁ。
ありがとうございます!気に入ってもらえて何よりです!
またどこかでいつか聞いてくださいな!
そですねー日記のミスチルのフレーズは意図的です。
ミスチルは深海とかQが好きですね。
最近はめちゃくちゃ好きというわけではないですが、ミスチルはおさえとかなきゃ!って感じます。
アルバム出るたびにレンタルして、歌詞をじっくりみながら聴きます。
ファンにしてみたら買えって話ですかね・・・(汗
>aから始まる非公開コメントさん
ありがとう!いつか行きます!
結局はひとりなんですが、みんなひとりであるという事になぜだか安心も感じられるということが面白いと思っています。「僕らは、ひとり」これを書いたのはおおよそ4年前の僕ですが、今でもこの部分に関しては同じ気持ちです。