【今年を振り返って】
今年一年大変お世話になりました。ようやく、今年一年間を振り返るべく、パソコンに向かう時間を作れました。長文になってしまいましたが、お時間ある方はお付き合いいただけると幸いです。
昨年の10月に市長選への立候補を表明したため、年初から投票日まで、全力で駆け抜けました。
3月の市長選挙では、7684人の方に投票いただきました。力及ばず落選となりましたが、「また頑張れ」「政治の道を離れるな」「まだやれることがある」等の言葉を、多くの方にかけていただきました。選挙戦を通じて大田原をくまなく歩き多くの市民の方と話せたこと、同じ思いや志を持つ仲間と出会えたこと、選挙戦を通じて学んだこと・感じたことは、大きな財産となりました。
5月からは児童支援員・学童保育支援員として働きながら、これからの人生について考える時間になりました。27歳で市議になった時と同じように、子どもたちと過ごす現場にいながら社会全体のあり方を考える、原点回帰のような時間でもありました。今までの経験を活かして、私の人生の時間をどのように使って何をなすべきか、考えました。
そして、新しい目標に向かって活動を始めた年後半。来年1月からは、また政治活動に多くの時間を充てていくことになります。
2022年は、きっと私の人生においても、とても重要な1年になったのではないかと思っています。
【安倍元首相銃撃事件と、その後の社会の動きに思う】
今年は、コロナウイルスの広がりの波が6波、7波とやってきて、年末には第8波という形になってきています。また、ロシアのウクライナ侵攻、円高に物価上昇、日々の暮らしの中で感じる人手不足と高齢化の進行。私達の置かれている状況は数年前と劇的に変わっていることを実感しています。
7月には安倍元首相が銃撃されるという痛ましい事件が起きてしまいました。容疑者の動機に焦点が当たり、旧統一教会の問題はメディアでも連日報道がなされ、国会で取り上げられ、教団からの被害救済のため、何らかの対応がなされようとしています。
私はこの事件からの一連の流れに「敗北感」のようなものを感じました。
山上容疑者が置かれた環境が、多くの人が共感するほどに過酷な状況であったらならば、その状況をよくするための何かしらの支援や、制度変更や、社会的な動きがもっとあるべきだったのでしょう。この問題をずっと追っていたジャーナリストさんや支援者の方はいても、ここまで大きな問題として政治やメディアが取り上げてこられませんでした。これは、社会全体の「負け」でないでしょうか。私も政治家のはしくれとして、心に留めておかなければいけないことと感じています。
結果的に、銃撃事件を通して旧統一教会の問題にメスが入っていっているというこの状況をみると、「自分の不遇や苦境を分かってもらうには暴力に頼るしかない」と思い込む「第二の山上容疑者」が現れてしまうことは、容易に想像ができます。
暴力に頼るやり方ではなくても、不正や横暴が正されていき、改善に向かっていくという希望の持てる社会にしていかなければいけないと、強く思います。
年末、25日の朝には大田原市・那須塩原市で、お母さんが息子を刺殺してしまうという事件が起きてしまいました。
多くの家庭で子どもたちがサンタさんからのプレゼントを開いて喜び、家族がそれを見て幸せを実感する朝に、命を奪われてしまった子、奪ってしまったお母さん、残された家族のことを考えると、言葉になりません。
事件の詳細はわからないことだらけですが、そのような道しか選べなくなってしまう前に、地域として、行政として、何かできることはなかったのか、とことあるごとに考えてしまいます。
【祖母の死】
安倍首相の銃撃事件があってから数日後、祖母が亡くなりました。個人の希望もあり、葬儀は身内で小さく行いました。
長い期間認知症を患い、家族のこともあまりわからない状況で施設におり、コロナで面会がしにくくなってからは、あまり会いに行けていませんでした。
小さい頃から本当にかわいがってもらいました。小学校高学年からは隣の家に住むようになりほぼ同居で、友達がやってきて家で遊んでいる時にも、近くには常に祖母がいました。大学にいって離れた時にも、たびたびメッセージが入った支援物資が送られてきました。未だに手紙は取ってありますが、多分当時は数えるほども返信をしていなかった気がします。大学卒業後、地元に戻ってからは、たびたび2人で食事に出かけたりもしていました。

私は、たまたま、自分のことを気にかけてくれる人や愛してくれる人、助けてくれる人が多い環境の中で産まれ育ってきました。だからこそ、自分にやれること、自分しかできないことにしっかりと取り組み、誰もが希望が持てる社会をつくるための努力をしていかなければいけないと感じています。
【最期に】
暴力等の犯罪に頼らなくても、自分たちの生活はよくなる、という希望を持てる社会。
それぞれの持つ力が十分に発揮され、やりがいや生きがいを持って自分の「仕事」をすることができ、誰もに安心して過ごせる居場所がある社会。
私が目指す「誰一人取り残さない社会」というのは、そんな社会です。
高い目標ですが、やれることから一歩ずつ努力を重ねていきます。
2023年も、どうぞ引き続きよろしくお願いします。
皆様、よいお年をお迎えください。