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思考・態度

指導員をなんて呼ぶ?友達をなんて呼ぶ?

ツイッターの#gakudouで何度も話題になっている、指導員の呼称の話。
それを受けて、ブログ「笑顔でこんにちは」のぷちさんが
「学童保育クラブで子どもが指導員をどう呼ぶのかってこと」という記事を書きました。

僕はぷちさんの考え方に同意します。呼び名は子どもが決めるのがいいと思っている。
そもそも、人の呼称というのは、一対一の人間関係の表れだと思っているのです。
当人同士の間でそれが決められるというのが自然、基本。
見知らぬ人との関係って、最初は名字で「○○さん」から入って、親しくなってくるにつれ、あだ名で呼び合ったりったり、名前で呼び合うようになったりする。
同じ呼び方で呼ばれても、どういった関係の人にそう呼ばれるかで「愛称」となったり「蔑称」となったりする。

僕は、学童に最初に来た時に、ちょうど流行っていたお笑い芸人のジョイマンと似ているということで(眼鏡のせいか)、「ジョイマン」というあだ名がついた。
他の指導員さんが「先生をつけなさい」ということで、「ジョイマン先生」というふしぎな呼称になった(^_^;)
今では「ジョイマン」「ジョイ」「ジョイセン」「ほっしー」「ほっし」「ほしー」「ほし」「まさと」大体このうちのどれかで呼ばれている。(保護者は未だにジョイマン先生と呼ぶ人が多い・・・)

そりゃ僕だって最初から「ほし」と呼ばれたら「おい!」って思う。
礼儀がなってない!って思うだろう。
でも、そう呼ばれるようになった経緯があってその中で自然とそう呼ばれるようになってきた。
僕自身は「ほっしーと呼んでんでください」という自己紹介をした。
で日々生活する中で、「あだ名は短くなる法則」にのっとって、「ほっしー」が「ほっし」か「ほしー」となる。そういった時期を経て、あだ名がさらに短くなって「ほし」。あくまで「ほっしー」が縮まった結果としての「ほし」であって、名字呼び捨ての「星」ではない。そう僕は思っている。

でも最初から子どもたちが決めること、というのは難しい。学童での自己紹介でも最初「○○と呼ばれています」といってしまうし、どう呼ぶかわからない、では子どもたちが戸惑う(まあ、そういう経験も面白いと思うんだけれど)。
指導員が子どもたちとの間でそれぞれに呼称を決めていというなら、何もいうことはないが、大体の学童はデフォルトが決まっているんではないかな。
「○○先生」「○○っち」「○○セン」「○○さん」「○○ちゃん」
どういった呼称を使っているかということにも、「指導員が学童をどういう場所ととらえているか」は現れる。
そういう一つ一つのどうでもいいように見えることの積み重ねで現場は成り立っている。

これは学童の話から少し外れるが、僕のいる学童がある小学校では、「“さん”付け条令」と僕が勝手に呼んでいるルールがある。

学童で働き始めた頃、学童の子を呼び捨てで呼んだら、違う子に「さんつけなきゃいけないんだよ~!」と言われた。
「ほっしーは学校の先生じゃないからさんつけないんだよ」と言ったら、
「子ども同士でもさんつけなきゃいけないんだよ~!」と言われた。
「え?」と思って、聞くと、子どもたちはお互い“さん”で呼び合うように指導されているらしい。
うへぇ、と思ったのだけれど、さらに驚いたことに、休み時間もそうだという。
「丁寧な言葉遣いをしよう」という学校(校長?)の方針の一環らしい。

「先生は子どもを“さん”付けで呼ぶ」というルールを学校で決めるのはまだ分かる。
授業の時間の中では、子どもたちにお互い「さん」づけで呼ぶよう指導するのもわかる。
でも休み時間も?放課後も?

相手をどう呼ぶか、呼ばれるか、そこに相手と自分との距離がある。
相手との距離を測りながら、呼称を変えたり、変えられたりして、それによる様々な感情の動きや影響を感じる。
そういった経験をしつつ、「普通の」コミュニケーションや人間関係を学ぶためにも、学童や学校(休み時間や放課後の時間)で呼称を統一しない方がいいのではないだろうか。
by hoshimasato | 2010-12-09 22:49 | 思考・態度

大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育支援員、パソコン要約筆記者。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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