思考・態度

小金井祭見てきた、その1

11月21日(月)、東京学芸大学の学祭、小金井祭を見てきた。
いろんなことを感じさせられ、考えさせられたので、それについてちょっと書きたいと思う。

今日はまず音友について。
僕は大学に5年いて、4年までは音楽友之会(音友)という軽音サークルに入っていた。
今年は、僕が4年生だった時の1年生が卒業して、知っている後輩がいなくなった年だった。

音友の人やライブを通じて、それまで興味がなかった音楽をたくさん好きになったし、いろんな出会いがあったし、成長させてもらったし、とても感謝している。
だけれど、どっぷり浸かりたいけど抵抗があって浸かりきれない、というようなスタンスで4年間付き合った。
思い出を語るとキリがないし、そんなことはしたくもないので、これくらいにしとく。

パンフレット買わなかったので、どの教室でやっているかわからず、だいたいこのへんだろ、とN棟に向かうと、ドラムの漏れる音が聞こえた。
相変わらず、大教室にステージを作って、暗幕で部屋中を覆って、機材入れて。
「同じ」ステージがあって、そこで知らない後輩たちが演奏していた。

ちょっと薄暗がりの教室に入ったら、ムッとする熱を感じて、ジャズコから出してるギターがうるさくて、ボーカルの歌ってる歌詞が聞き取れなくて、そんな諸々のせいかホッとしたような感覚になった。もっと気持ち悪い懐かしさみたいなものを感じてしまったらどうしようと思っていたのだけれど、そんなこともなかった。
大学の時は、サークルでのライブもちょこちょこあったけれど、日常的にライブに行っていたし、自分でもライブをしていたし、ライブハウスでバイトをしていたりしたこともあって、薄暗がりの狭い部屋で大きい音が鳴っている、という空間にいることが当たり前になっていた時期があった。だから、その頃の記憶とリンクするのかな、と思ったけれど、そんなこともなかった。
素直に、ああ、いい場所だなって思えた。

最終日だったから、それぞれの思い入れを全部ぶちまけるかのようなMCは相変わらず曲より長くて、でもMCしている人にかかわらず演奏している人がそれぞれにいろんなことを抱えて演奏してるってのは演奏や立ち振る舞いから想像できた気がしたのだけれど、結局は自分の過去を彼らに投影して見ている、という部分がどこかしらあるのだろうな、と自覚したら、今度はステージの上の彼らに失礼な気もしてきたりして。

ライブってもの自体に、そもそも長いこと行っていなかったんだけれど、ライブを見ている時間は、頭ん中が活発に動いている気がする。
演奏が下手でも何でも、聞こう、ってなると自分の中で毛羽立つような感覚があって、何かをとらえようと精神が活発に動いている気がするんです。
音楽を分析的に聞くというよりも、ワンフレーズに刺激されてちょっと前に新聞で読んだことに思考が飛んだり、演奏している人の背格好が知っている誰かとかぶってその人との会話を思い出したり、赤いライトの色の時にこのボーカル映えるな、と思ったり、前の方でこぶしを上げているやつがどういう気持ちでこのライブみてるんだろうな、って想像したり。
めまぐるしく、ひたすらいろんなことを考える。

そういった時間の中で、今の自分が作られてきたんだったなぁ、と強く思ったのでありました。

今日のブログは時間かけたのに全然まとまらんかったな。
ステージ上の彼らが素敵な青春を送れますように。おしまい。
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by hoshimasato | 2010-12-02 23:59 | 思考・態度 | Comments(0)

元大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。2023年春の栃木県議会議員選挙に出馬表明中。こどもの味方、学童保育支援員、パソコン要約筆記者。大田原を、那須野ヶ原を「誰一人取り残さない持続可能なまち」にするためのご意見募集中。→https://forms.gle/YNT9krbHtd1814LWA


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