思考・態度

「なんで学童の指導員をしているのか?⑥―7日目」

しゃぶしゃぶ屋のバイトや、居酒屋のバイトなど、
食べ物を扱っている職場だと、当たり前だけれど廃棄や食べ残しが出る。
洗い物をしていると、鍋にたっぷり野菜や肉が入ったままのすき焼き鍋が下げられてくる。
売れなかったコンビニの廃棄は店長がこっそりくれたのを帰っても余って、ゴミ袋に入れられる。
飲み会が終わった後には、宴会場のテーブルの上一面にビールのはいったコップが並んでいる(バケツ2杯分にもなる)。
残されたエビフライが、刺身が載っていたツマだとか、
焦げ付いたジンギスカンと同じ皿に乗せられてくる。

そのエビフライを見て、
「悔しくないのか!エビよ!
インドネシアから旅をしてきて、その末路がこれか!?
今全力で跳ねろ!一世一代の時だ!」
とか思っていた。

なんだろうなぁ。食べモノが捨てられるってことって、
どっかで嫌な気持ちになるんです。
いや、「嫌」とまで言ってしまうと強すぎるくらい、ものすごーく弱い感情の動きしかないんだけれど。
一回一回のことに痛みは覚えないけれども、澱のように貯まっていく気がするのです。
こういうのは、現代を生き抜くために不必要な感受性なのかもしれない、なんて思っていた。
(ちょっと脱線。こういった言葉にすると強すぎるほどの弱い感情(感情というのも違う気がするが)や、それを引き起こす行為の積み重ねが人間に与える影響ってものすごく大きいと思っている。
で、飛躍するんだけれども、エルヴィス・コステロのAlisonという歌の歌詞に「I know this world is killing you」というフレーズがあって、そのフレーズを聞いた時にこの感情とすごく自然に結びついた。これもまたいつか詳しく話したい。)

もったいない、という感覚は昔からあった。
食べ物を残すのが嫌いだった。
なんでだろうか。
別に親に強く言われたとかがあったわけじゃないんだよね。
父親だか祖父だかに「この一粒を作るのにもお百姓さんが一年かかって作るんだ」というような話をされた時には、
「百姓が一万粒作ったら、一年間を一万で割った時間しかかからない計算なんじゃ」というへ理屈を考えていたのを覚えている(こういうのは嫌に合理的で近代的な発想だな。本題とは全然外れるけれども、そもそも一人のお百姓さんが一年に作る米の量(粒)はどれくらいなんだ?あと「百姓」って言葉は差別的な言葉なので今テレビで使わないんですって)。
まあ、兄弟が多かったから、取り合いになるのは日常茶飯事だったな。
今でも、多少無理してでも、出ているものは全部食べる。

続く
Commented by 桜吹雪 at 2010-05-26 13:30 x
 星さんとカルビ焼き食ったときに、
私が余分に注文しちゃったチジミを
綺麗に食ってくれたよね。
ごめんよ。
Commented by なかそん at 2010-05-26 21:04 x
オレも食べ物はまず残しません!全部食べるなぁ。

去年アメリカ行った時にスペイン料理屋で2kg以上はある
パエリアが出て来た時も、ちょっと泣きそうになったけど食べた…。

うちは4人兄弟なんだが、食べ物に関しては
兄弟の数も影響あるような気がする(笑)
Commented by hoshimasato at 2010-05-27 02:16
>桜吹雪さん
チジミはうまかったですよw
Commented by hoshimasato at 2010-05-27 02:23
>なかそん
兄弟の数は、影響ある気するよねw
少子化の影響で、食べモノの大切さが分からなくなる!ってか。
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by hoshimasato | 2010-05-25 23:52 | 思考・態度 | Comments(4)

大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育支援員、パソコン要約筆記者。大田原をより住みよいまちにするためのご意見募集中。→https://forms.gle/YNT9krbHtd1814LWA 公式LINE→https://lin.ee/lJee1XA


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