思考・態度

「なんで学童の指導員をしているのか?①」―2日目

最初は先生になりたかったんです。
小学生の時は、小学校の先生になりたかった。
卒業文集の「将来なりたいものは何?」というような質問に確か小学校の先生と書いた。
中学生の時は、中学校の先生になりたかった。
中学校のときの卒業式の答辞では「中学校の先生になる」みたいなことをいった。

学校が好きだったんです。
いい友達が多かった。友達に会いに行っているという実感は当時はなかったけれども、友達といたら楽しかった。
学校には好きな娘もいるしね。物心ついたときから大学の一年くらいまではずっとクラスメイトを好きになってたな。
好奇心が強くて、新しいことを知ることが好きだったので(覚えるのは苦手)、嫌いな授業があったという記憶もない。
先生の話が本題からずれたときの雑談がかなり好きだった。
なかでも先生の人間性や人生観みたいなものが見える話が好きだった。
よく考えると、子どもに向かって未来だの人生だの語る胡散臭いオトナって先生くらいしかいないんですよね。
行事もわくわくして好きだったな。体育祭、学校祭とか。学年委員だの生徒会だのをやっていたので、参加する楽しみだけでなく、作る楽しみまで味わってた。
今思うと気持ち悪いくらいまっすぐで、ルールに反抗することよりも枠の中でいかに楽しむかを考えていたので、オトナ的にはたいそう扱いやすかったのではないかと思います。

まあとにかく、いい先生や友人に恵まれていたし、適応能力もあったので、楽しい子ども時代を過ごしてきたわけです。
なので、面白いことを教えてくれて、なおかつ自分が楽しい時に側で一緒に楽しんでくれるオトナである先生に憧れて、そうなりたいと思った訳です。

高校に入ったら、進学校で、勉強至上主義みたいな価値観を押し付けられてつまらなかったので、高校の先生になりたいとは思わなかった。
男子校だったので好きになる娘もクラスにいなかったのでテレビの中の女の子に恋をし、
ひねくれていったせいか、学校外での友達づきあいも中学の時の仲間とがほとんどだった。
テニス部をすぐやめて、ほとんど「読書・音楽・勉強」だけで3年間を過ごす。
勉強の息抜きに読書して、ギターを弾いて歌を歌ってまた勉強。
高校では職業選択など全く考えることがなかった。あわよくばミュージシャンとか小説家とかになりたいとかいう夢想はそれなりにしてたけれど。
小学校中学校の時の気持ちのまま、先生になろうと思って自分の偏差値に合った面白そうな大学に進む。

続く
Commented by at 2010-05-19 06:18 x
星さんの人生を覗き見してるみたいで、面白い。高校でひねくれたところまで、私も似たような人生でした。…高校って重要☆続きが楽しみです♪
Commented by 桜吹雪 at 2010-05-19 20:36 x
昨日はボォーっとレスして本名書いてしまた。

( ̄▼ ̄)ノ_彡☆ばんばん!

 授業を脱線させる先生っていたね。
その先生の授業って、ワクワク楽しみだったな~。
Commented by hoshimasato at 2010-05-20 09:59
>楓さん
もっとしっかり語れば暗黒の高校時代だけでも相当語れるんですけどね。
テーマにそぐわないので、先に行きます。
楽しみにしてくださる方がいると頑張れます。
Commented by hoshimasato at 2010-05-20 10:03
>桜吹雪
初めて下の名前知りましたよw

自分が全く知らないようなことを与えてくれる大人のなかで、
一番身近なのがやっぱり先生。
どこまで意図的にやってたんだろうか、と最近よく考えます。
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by hoshimasato | 2010-05-19 02:58 | 思考・態度 | Comments(4)

大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育支援員、パソコン要約筆記者。大田原をより住みよいまちにするためのご意見募集中。→https://forms.gle/YNT9krbHtd1814LWA 公式LINE→https://lin.ee/lJee1XA


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