日常

090303 引越終了。

2月28日に無事引っ越しを終えた。
前日の大雪に対して、引っ越し日和だった。
両親が栃木から2t車を借りてきてくれたのだが、
その2t車いっぱいに荷物が詰まった。
多すぎるだろ・・・。

以下、覚書+α。


3月1日
髪を切る。
小学校から高校を出るまでずっと通っていた床屋さん(弟の同級生の家)。
俺が大学に行くと同時くらいに、勉強を終えて戻ってきたお兄さんに切ってもらう。
仕事を辞めて栃木に帰ってきたことを告げると、おばさんは「よかったねぇ」といった反応。
おじさんやお兄さんは「“よかったねぇ”でいいの?」とちょっと戸惑った様子だったけど、
あっけらかんと「よかったねぇ」といってくれる人がいると「そうなんですよ」と言えるのでこっちは楽。
自分で選び取ったものだからね。

今は、五人兄弟の4人が家にいることになる。

帰ってきてみると、「おかえり」という反応がとても多い。
母親が「長男が帰ってくる」といろんなところで口にしているというのもあるのだろうけど
ちょこっと道で会った近所のおばさんにも「おかえり」といわれる。

「大きくなったねぇ」というのも言われるんだけど、
これってすごい言葉だな。
いうなら「お前が洟垂らしてるガキの頃から知ってるんだよ、こっちは。」といった感じで、
へへぇ、っとひれ伏すしかない気がする。
いかにこっちが粋がったところで勝てない気がする。別に粋がる気はないのだけど。

父方の祖父母の家に行く。
祖母がちょっとボケはじめているという話だったが
話してみてもいままで通りだった。
でも以前に比べて口数が減って、動きもゆっくりになって
ひとまわり小さく見えた。

祖父母と叔父叔母に農業をやりたい、という話をすると
どこどこの誰それが面白いことをやっているだとか
土地が余っていて貸しているだとか
そんな話になった。
父の実家は養魚場をやっている。
最近は養魚はほぼまったくやっておらず、アユやアイソの塩焼きや甘露煮を作っている。
祖父は英語の教員を40代で辞めて養魚場を始めたので
その大変さは身に染みて分かっていると思うのだけど
「大変だぞ」とか「やめとけ」ということは全く言わなかった。
もっと厳しくいろいろ言われると思っていたのだけど。
先に部屋に戻った祖父に帰りがけにひとりで挨拶に行くと、
「身体だけは気をつけてな」とそれだけ言ってくれた。
そんな祖父ももう平均寿命を超えて81歳。


3月2日

昼食後、病院帰りの祖母とともに近所のラーメン屋へ。
最近祖母の体の具合が急に悪くなってきた。
リウマチを発症したらしく、体中が痛いとのこと。
何もないところで立ち上がれなくなり、柱につかまる様にして立ちあがっている。
家の中でも四足の杖をついて歩いている。
久々の外食だったのだけど、「味がいいねぇ」と言って食べていた。
うまい、おいしい、じゃなくて、味がいい。
あんまり聞かないけど、なんだかいいものを食べている気になる言葉だ。

母親が勤めている学童へ。
1月に学童に行ってあった子供に再開。
名前を覚えている子供もいた。
1度あっただけなのにすごい記憶力だな。
ドッジボールをしていた。
子供の時あれだけメジャーなのに
大人の世界ではまったくやられていないスポーツも珍しい。
なんで大人はドッジボールをしないのか。
痛いから?

夜はキムチ鍋をした。
同じ時間に出た母親がなぜかすぐ帰ってこず、
祖母、妹二人もその母の帰りを待ってテレビを見ているので、
作ろうよ、と言って台所にある材料を使って作ることにした。
しかし、ほうれんそうとキャベツとハムしか入れられそうなものがなかったので、
8時を過ぎて帰ってきた母が父を駅に迎えに行くついでに材料を買い足してくれた。
キムチ鍋は一番下の朝樹がずっとしたかったらしいのだが、
キムチ鍋に反対する勢力が強く、ずっとできなかったらしい。
この例だけではなく、何かと朝樹は家族のいざこざの中でややこしい立場に置かれがちなので、
俺は朝樹を中心にいろいろ考えてあげたいと思っている。

じゃんけんで負けた人が洗い物をすることを提案したのだが、
言い出しっぺの俺が負けた。
6人分の食器は洗うのは大変。

自分の部屋がない。
自宅には「個室」という個室が寝室しかないので、
自宅の隣にある、母方の祖父母の家の2階の部屋を使わせてもらっている。
この部屋は、ころころと住人が入れ替わる。
俺が高校の時に使っていた階段を上がって右の部屋をAとすると、
2番目の涼人が階段を上がってすぐのBの部屋をつかっていた。
俺が大学に行くと、3番目の森人が俺の使っていた部屋Aを使い、
涼人が大学に行くと、4番目の夏樹が涼人の使っていた部屋Bを使うようになった。
そして森人が大学に行くと部屋Aは5番目の夏樹が使うようになるのかと思いきや、
教員になって戻ってきた涼人が使うようになった。
ややこしい。
でも部屋は実は2つではなく、階段上がって左には部屋Cがある。
だが、そこは物置と化している。
その部屋にたどりつくまでの廊下と2階のトイレも、物置と化している。
そこにあるものたちは、家の誰かのものではあるのだけれど、
どこに片付ければいいのか、どこに捨てたらいいのか、
わからないものだらけの聖域となっていて、
家が建ってから20年くらいの間、誰の部屋にもなっていない。
俺はその部屋を自分の部屋にしようと思う。
一日20個、と決め片付けていくことにした。
ひと月後には600アイテムが片付き、物置にベッドくらいおける様になるだろう。
7人家族はパーソナルなスペースがほとんどなく、
中学の時はエロ本の隠し場所にも困っていた。
あの時のような感覚をまた味わうなんて思ってもみなかった…。


3月3日

今日は自分のパソコンをリビングにつないだ。
うちの家族はみな機械に弱いので、
モデムのちゃんとした使い方がわからず(俺もそんなに詳しくはないが)、
インターネットを使いたい時は電話の線を抜いてネットをつないでいた。
だからインターネットを使っている間は電話を受けられないということに・・・。

うちの家族は、適応能力が高い。
インターホンが鳴らなくなっても放置、
トイレの電気がつかなくなってもスタンドで代用、
ガスコンロが詰まって使えなければカセットコンロで自炊、
ベランダの床(?)に穴があいたら上に板を置いて、
ドアのガラスが割れても養生資材をガムテープで張って、
風呂場の床や壁が腐っても防水テープをちょちょっと張るだけ。
適当な処理を施して平気で暮らしている。
金と暇がないので、業者を呼んで直してもらうということも考えないし
他人が入る場所でもないのであまり気にしていない(あるいは気にしているのかもしれないが忙しさにかまけて直さない)。
うちにいると当然のようにしているけど、他のうちの人が見たら「ありえない」って部分が結構ある気がする。

とりあえず、パソコンと電話が使えるようになって一段落。
スピーカーもつないだので、自分の部屋が使えるようになるまでは
リビングで音楽を聴いたりパソコンを使ったりすることにする。
Commented by たつやってやつ at 2009-03-04 08:36 x
実家が団地の僕から見るともはや羨望の眼差しを送らざるを得ない家族像だね。わたくしの夢の家族生活ってそんな感じよ。しかもアナタはギターも弾けるじゃないの。
いいなぁー。
全くもって羨ましいっす。

んじゃまたー
Commented by hoshimasato at 2009-03-05 11:14
>たつやくん
まあ、うらやましい部分もあれば、そうでない部分もいっぱいあると思いますよ。
悪い部分はブログにはそんなにかけないですしねぇ。
ギターも含めて、隣の芝生は、ってやつではないですかねー。
俺は絵が描ける人がうらやましいですし。
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by hoshimasato | 2009-03-03 22:43 | 日常 | Comments(2)

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