大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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<   2011年 05月 ( 28 )   > この月の画像一覧

企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その5、末広①。の続き。

ここも末広3丁目にある公園。市でくれた都市公園一覧表に入っていないから、普通公園。名称・面積不明。
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ブランコとしては使えないブランコ。
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ベンチ。
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鉄棒と砂場。
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ここも遊具はないが、植木が手入れされているようで、いろんな植物があった。
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花が咲く時期には綺麗だろうな。
近所に庭仕事が好きな方がいるんだろうか。

この道、昔はなかった。
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道ってどういったプロセスを経て作られるんでしょう。気になる。これも調べてみよう。
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道の脇に綺麗な花が。なんて花?

水路。
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最近、大田原を流れる水について興味が出てきた。調べてみて膨らんできたらこのことも書きたいな。

検察庁。
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正確には宇都宮地方検察庁大田原支部大田原区検察庁というらしい。

末広第1公園。都市公園。面積150㎡。(平成23年4月1日現在)
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ブランコ。
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砂場。
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鉄棒。
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右にもっと連なっていた形跡がありますね。
今は一人ぼっち、いや一本ぼっちの鉄棒…。

前回の記事の末広第1公園と末広第2公園は、S58.3.31に供用開始(市のものになって、正式にみなさん使えますよ、となった日と考えればいいのでしょうか?)されているらしい。
市のものになってからは遊具が作られない(公園について聞いてきた。参照)と言っていたが、25年以上前の遊具?
ここのブランコは結構新しい気がしたのだが…。
これについてももう少し聞いてこよう。

続きは企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その5、末広③。
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by hoshimasato | 2011-05-30 21:43 | 大田原
企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その4、中央③。の続き。

末広はほとんど住宅地の印象。
公園もちょこちょこある。
公園について市に教えてもらったときに得た情報もくっつけていこう。意味があるかは分からないですが。

末広3丁目公園。都市公園。面積258㎡。(平成23年4月1日現在)
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ここも昔はブランコがあった気が。他にもひとつくらい何かあった気もするけれど…どうだったかな。
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あるのは砂場だけ。
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めん丸とココストアのある交差点の近くには、彫刻が。
季 知珉『忘れたことに対する記憶』
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那須野が原国際彫刻シンポジウムin大田原というイベントがあるので、毎年町や公園のどこかしらに彫刻が増えていっている。
日常的に使う場所に彫刻があるというのはステキだと思う。
ただ、なかには、怖い彫刻もあったりする…。

ここも末広3丁目にある公園。市でくれた都市公園一覧表に入っていないから、普通公園。面積不明。
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作られてから日が浅いんでしょうか、きれいです。
ブランコもこんな感じ。
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珍しいタイプですね。あまり見たことない。
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乗り心地はいいのかな、と思って試してみました。
乗り心地は微妙。乗りなれないからかもしれませんが、鎖の方がしっくりくる感じが。
でも、鎖に手を挟まれない、という点ではいいですね。
いい大人が昼間っから分譲地の公園にのっている様はあまり人に見せられたもんではないな…。
あとはベンチがあるくらい。
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続きまして、末広第2公園。都市公園。面積150㎡。(平成23年4月1日現在)
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面積が150㎡という事は、市で管理する一番小さいサイズの公園ということですね。(公園についてきいてきた。参照。)
ベンチと、
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鉄棒のみ。錆びてるので、逆上がりでもしようものなら、洋服が茶色くなるだろうな。
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続きは企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その5、末広②。
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by hoshimasato | 2011-05-29 01:47 | 大田原
ブログでライブ告知するのはひさしぶりです。
大田原に来てからもちょこちょこライブやっていたりするんですが、
告知するサイズのものじゃないことも多く、ツイッターですればいいや、ってなってしまっていたんです。

明日は君島大輔さんに誘われ『アコフェスvol.8』に参加してきます。
毎月第2日曜日に開催されるということで、
最近毎回参加させていただいている投げ銭ライブとかぶって普段は見に行くこともできないので今回初めて。

5月29日(日)
栃木県那須塩原市(旧黒磯)
ライブハウス・フリーダム
『アコfes VOL.8』

・場所詳細
 ライブハウス・フリーダム
 栃木県那須塩原市豊浦11-8
 090-1119-1311
http://freedomstudio-nasu.com/


・時間
 11時~16時

・入場無料

・出演者
 オンリーオノマサトシ
 JIRO
 星雅人
 LAR-D
 遠藤歌織
 小林進
 君島大輔

nasu-wave(http://nasuwave.ikidane.com/#)で中継ののちに、
youtubeにも動画があげられるようです。

LAR-Dのボーカルさんは中学の時の同級生なんです。
当時は不良組の彼と生徒会バリバリの僕でいさかいも多かったけれれど、再開がとても楽しみw
楽しく歌ってきます!!

会場の地図つけときます。

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by hoshimasato | 2011-05-28 21:05 | 日常
大田原高校の85km強歩。・・・昔参加して、今応援して、考えたこと。【前編】の続き。

85km強歩は1986年に、創立85周年を記念してできた行事だという。
ウィキペディアの強歩大会の項を見てみたところ、現在行われている高校の強歩大会の中では、日本一の長さのようだ…。
男子校だからできる所業である。

僕も高校の時に3回体験している。
「85kmも歩かせるなんて、馬鹿げた行事だ」と言うようなことを口では言っていながらも、近づくとどこかしら楽しみにしていた。
1年の時はまだ運動部に入っていたのでまだ大丈夫だったが、その後部活を辞め、少し太ってからの強歩は本当にキツかった。
マメができたり、関節が痛くなったり、足の裏が痛いなんてのは当然だけれど、
またズレ、ケツズレの痛みはかなりものがある。
汗でふやけた皮膚と皮膚がこすれて、赤くはれてしまうと、一歩歩くごとに傷口と傷口がこすれる痛みを感じる。
ちょっとガニ股のような歩行をしてる大高生がいるが、あれはまたズレ、ケツズレの痛みを軽減させるためなのです。
あれはなかなか他のことでは味わえない…。

今になって思うと、強歩をしたことによって得たものは確かにあった。
自分の身体と精神状態というものがこんなにもリンクしているのかということに気づかされたり、
あれくらい肉体的に辛い経験は他にはないので、多少大変なことがあっても、「強歩を思えば・・・」と思って頑張れることもあった。

ただ、体験というものはそういう性質のもので、どんな辛い体験からも学ぶことがある。
自分がそこから学べたからといって、それをまた行うべき、続けていくべきというのは安直すぎる。
かといって、僕は強歩をやめろと言いたいわけではない。
二日間応援してみて、「もっと大高生たち自身の強歩を作れないものか」というような気持ちになったので、そういった部分のことを書きたいと思う。

今までは、木曜日と金曜日の二日で行われていたものが、今回金曜日と土曜日の二日間になり、月曜日が代休になった。
理由は、保護者の負担だそうな。①でも書いたが、強歩にかかわる保護者の負担は、結構大きい。普通の保護者もそうだが、役員さんともなると2日連続で強歩にかかわる人もいるらしい。
そういった人たちが二日仕事を休まなくて済むように、という配慮なんだろう。

「うん、二日で歩いて、二日休みで変わらないなら、保護者の負担が少なくなっていいんじゃない?」と思われるかもしれない。
だが、違う。大高生にとって、ゴールが金曜日と土曜日ということの差は、ものすごく大きい。
その違いは、大高という空間で3年間を過ごし、強歩を3回歩いた者にしか分からない。

ゴールも近づいてきて、残り数キロというところで、
大田原女子高という女子高の前を通る。
そこで、大女高生が応援してくれているのだ。
そこを、いかに前の方で、いかにカッコよく毅然と歩くか。
「それでモテるわけでもないし、そんなこと馬鹿げている」と思いながらも、「かっこつけたい」のが男子高校生なのであって、人によってはそれが強歩のモチベーションのうちの多くを占めたりしている。

ああ。なんと悲しき男子高校生。
そんなちっぽけな喜びさえも、「大人の都合」で奪われるなんて。

あえて言わせてもらうと、強歩という行事は、コースや休憩所などのことは、全て先生や保護者や地域の人にお膳立てしてもらって、大高生は、「歩くだけ」である(少なくとも僕が高校生の時はそうだった。)
85kmという“与えられた苦難”を、意味など考えることなく乗り越える。
そうすれば、乗り越えたということに、意味がくっついてくる。
うーん、進学校にはとても有意義なメンタリティが育てられそうです。

僕は、今となっては大高での3年間に感謝をしているが、
「ありえたはずの3年間」と比較したときに、釈然としないものが残る。
学校からは、ただ「勉強すればいい」というメッセージを伝えられ、世の中から隔離されていたように感じる。

個人的な恨み(?)もある。
ギター部を作ろうと思い校則にある人数を集めて持って行ったが、誰も顧問についてくれなかったことや、有志で行う音楽活動に対して、非協力的すぎる姿勢。
自動販売機の設置を求めたときも生徒総会で過半数の賛同を得たのに、「学校というのは非日常的な空間だから」という理由で校長から却下されたこと。
自分たちから何かを変えていこう、と動くことを嫌う、保守的な場所だった。

僕は、今の子どもたちに必要なのは、
「自分たちの生活を、自分たちの手で、自分たちにとってより良いものに変えていく力」
だと思っている。
そういった力は、「今はとにかく勉強をして、大学に行ってからやりたいことをやればいい」という性質のものではなく、成長に応じて、徐々に広げていかなくてはいけないものなのだと思う。
まずは身の回り→家庭やクラス→学校→地域→地方自治体→国→そして世界へ。

ちょっと熱くなりすぎですね。
でも、僕は、年頃の男の子たちをただ学校に閉じ込めて勉強させるだけではもったいないと思う。
大学に行ってみたら、素晴らしい学校祭を作り上げて、部活仲間と3年間頑張って、女の子と恋愛もして、なおかつ同じ大学に来ている、というような人がざらにいるわけで。

伝統には、自分たちの色を加えて次に受け渡していけばいい。
強歩だったら、例えば仮装して歩くことを許可するとか、今の世の中なら、携帯でツイートしながら歩くとか、かく休憩地点にカメラを置いたり、カメラ担当がいて全行程をユーストするとか。
大高生たちだったら面白いこといろいろ考えつきそうなものだけれど。

長くなりました。
大高生が読んでくれていたら、是非コメント残していって欲しいものです。
君たちは何考えてる?
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by hoshimasato | 2011-05-28 00:41 | 大田原
大田原高校の伝統行事、強歩。
一昼夜25~26時間をかけて、85kmを歩くという行事。
朝10時ころ学校を出発し、大田原、矢板市、那須塩原市、那須町をぐるりと歩き、
翌日の11時ころに学校に到着する。

今年は5月20、21日に行われ、
いとこと、塾の教え子が参加していたので、応援に行ってきた。

まず、朝起きてスタートから、初めの短い休憩まで。
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こんな雰囲気で道をずらーっと歩いている。
最初の休憩は大田原中学校の後ろの駐車場。
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陸上競技場付近では、近くの保育園の子どもたちも応援。

初めは、これくらいの応援しかしないつもりだったのだけれど、
twitterで強歩を検索したら出てきた大高生らしき人達のつぶやきや、実際の様子をみていたら、
もうちょい見てみたくなって、叔父に連絡をとる。
保護者はどこかの休憩所や道での誘導を行う。それに一緒に参加させてもらうことにする。

那須塩原の明治の森に21時に到着。
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誘導灯を借り、反射板のついたゼッケンを着る。
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21時半くらいには戸田交差点付近で待機。
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22時半くらいに大高生通過。
大高生はこの後戸田小学校で40分くらい休む。ちょうど時間的な中間地点となるのが、この戸田小付近。
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最後の子たちを見送り、明治の森に戻り、再度応援。
全員が通過したのが0時半くらいか。
もう一度集まって、締めて、帰路に就く。
3時間半。うーん、長かった。
大高生は85km歩いてもっと大変だけれども、保護者も大変だ。
ここはまだいいが、ブルーシートを引いて、しっかり休める休憩所や、うどんを出す休憩所などもある。
そういったところでは、もっともっと労力かかるはず。
高校行事でこれだけ保護者の手を煩わせる行事はなかなかない気がする…。

翌日は僕は学童の仕事。
紫塚小学校と大田原高校は隣同士なので、子どもたちと強歩のゴールを見に行く。
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ゴールには結構な数のギャラリー。
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おかえり!お疲れ様!
豆やケツズレやまたズレや各関節や筋肉の痛みを乗りえて、
そして、「こんなこと何の意味があるんだよ」「もうやめたい」という気持ちを乗り越えて、よく到着したな!!

応援してみて、10年前には自分が参加していた経験と結び付けて、色々感じた事があったので、それについて書きたい。でも今日は遅いので寝ます。

大田原高校の85km強歩。・・・昔参加して、今応援して、考えたこと。【後編】に続く。
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by hoshimasato | 2011-05-27 01:59 | 大田原
学童の仕事についてからというもの、日々子どもたちの居場所について考えている。

「今の子は家の中に閉じこもってゲームばかりして」というような言われ方をされるが、
公園からも遊具がなくなって野球や花火が禁止になって、
空き地も少なくなって、例え空き地があってもそこで遊んでいいのかわからなくなって、
遊び場としても使っていた道はびゅんびゅん車がとばすようになって、
以前は何気なく通り抜けていた学校の校庭も関係者以外立ち入り禁止になって、
駄菓子屋もおもちゃ屋もなくなって、
その上子どもが被害に遭う事件や交通事故がメディアで大きく取り扱われるのでお母さんは1人で子どもを外に出すのが怖くなる。

そりゃあ子どもも外で遊べなくもなりますよ。
地域に、子どもの生活圏内に、子どもの居場所が少ないんだもの。
もっと地域に子どもが自由に遊べる場所、たむろできる場所があればいいのに、と思う。

子どもの居場所としてすぐ思い浮かぶ場所の一つに「公園」がある。
分譲地の中にある公園。
あれが前々から気になっていた。
僕らが小さかった頃にあった遊具がひとつ、またひとつ、となくなっていく。
新しい遊具が設置されるのは見たことがない。
遊具がなくなって草だらけの公園に、子どもたちがいるのを見たことがない。
公園によっても、きれいだったり草ぼうぼうだったり。

あの公園がどういう理由・過程で作られるのか、誰が管理しているのかが気になったので、市の都市計画課都市施設係に行って話を聞いてきた。
4月に配属されたばかりの方が、丁寧に教えてくれました。

都市計画法により、3000平米以上の開発を行う場合、面積の3%以上(つまり3000平米だと90平米)を公園にしなくてはいけないと定められているそうだ。

で、公園を作ったのちに、その公園が150平米以上の場合、市で管理することが可能になる。
条件は、
1、土地の寄付(市に)
2、分譲地の半分以上の世帯による公園愛護会の設置
3、書類の提出し、審査を通ること
があるらしい。
で、無事通ったら、2で設置した公園愛護会という地域の住人による組織に市が管理を委託し、補助金を出す。

つまり、身の回りにある公園には、
①市が作ろうとして作って、市が管理をしているもの。
②分譲をする主体(主に不動産屋さん)が作って、市の管理下に置かれているもの(公園愛護会に管理を委託)。
③不動産屋さん等の法人や私人が作って、作った主体が管理しているもの。

があるということなのでしょうか。

僕が気になっている②の公園についてまとめると、
「不動産屋さんが公園を作り、遊具等も設置し、市に公園をあげちゃう。
そして、公園の周りの住人たちによる「公園愛護会」(自治会が公園愛護会も兼ねるところが多そう)で管理している。」
ということ。だから自治会で草刈りをするんですね。

遊具については、最初からある状態で市はもらうわけです。
で、古くて危ないものについては撤去するが、一度なくしたものを新たに作ったり、新たな遊具が分譲地などの公園に入ることはまずないらしい(なぜだ)。
遊具の設置の予算を確保してくれ、と要望して公園に遊具を復活させるでもいいんだが、どうせならもっと面白くできないものか。
市のものになっている公園に市民が自分たちに必要な遊具を設置することはできないんだろうか?
例えば地域の人でお金を出しあうなり、手作りで作るなりして。

聞いてみたけれど、「うーん、どうなんでしょうねぇ、全例なさそうですけれど」というような反応だった。

大きい公園もあったらいいけれど、子どもたちにとっては自分の生活範囲内に自分の足でいける公園があることが望ましいと思っているのです。
それを子どもと親が必要な物を話し合って、手作りで作れたらステキじゃない?
設置や管理は大変そうだけれど。
このことは追って調べていきたいと思います。

ついでにお願いをしたら、市のものになっている公園が書いてある地図と、住所一覧もらえた!
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とてもうれしい。とりあえず全部行ってみたいと思っている。

(聞いた話なので、間違いがありましたら指摘してください。
大田原市の話なので、他では違う部分も多いのかもしれません。)
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by hoshimasato | 2011-05-25 23:05 | 大田原
企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その4、中央②。の続き。

愛宕神社。
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大黒天。
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中学の時付き合っていた娘とここで会って話したりした記憶が(^_^;)

薬師堂。
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鬼がわらを見るたびに手塚治虫『火の鳥』の鳳凰編を思い出す。

七重塔。
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最上部の九輪は今回の震災でなくなったわけではなく、以前から欠失しているとのこと。

有形文化財って教育委員会が管理するのですね。
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いわいや。
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同窓会って、ここでやるイメージがある。

同窓会で思い出したが、中学の同窓会は、生徒会長だった俺が企画しないと始まらないんだった。
やりたいやりたいと思ってやれてないなぁ。

旧奥州街道の碑。
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この道を昔の人も通ったんですね。うーんあまり想像がわかない。

裁判所。
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厳密には、
宇都宮地方裁判所大田原支部と、
宇都宮家庭裁判所大田原支部と、
大田原簡易裁判所の三つがある。

続きは企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その5、末広①。
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by hoshimasato | 2011-05-24 04:27 | 大田原
企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その4、中央①。の続き。

旧専売公社跡地。多目的公園になるそうな。
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もうどんな公園になるのか、完全に決まってしまっているのかな。
ここの敷地の一部にプレーパークとか作れないか。などと夢想するのだが…。
どうなっているのか知るために動けよ、って話ですね。
動きます。

栄町公民館。
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水道庁舎。
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こないだお世話になりました…。

聖家幼稚園。
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園庭の真ん中(写真の右)に大きい木がはえているのがいい感じなんです。

小松ストアー。
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冬場に売られるおでんが大好き。
今、大田原中学校のジャージと、テニス部のウィンドブレーカーを来ておでんを食べている自分が浮かんだ。

鹿島川。
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右の方に水辺に降りられる階段。
俺、水場好きなんだな。水が流れているとつい撮りたくなってしまう。

続きは企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その4、中央③。
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by hoshimasato | 2011-05-23 00:04 | 大田原
企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その3、住吉町②。の続き。

あらまち蔵屋敷。
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この写真も後であいているときの写真に差しかえたいな!
どんどん消えていった町の駄菓子屋が復活!
大田原の中心市街地の街づくりの中心になっている、なっていくと僕は思っている。
よく出させてもらっている投げ銭ライブもここで行われている。

正法寺。
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ヤマトヤさん。
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中学高校の制服とかジャージとかの指定業者さん?っていうのかな。
ここでいつも買ってた。

栃木県庁那須庁舎。
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まだ入ったことがない。

薬師通り、通称親不孝通り。
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ここに来ると親不孝だから、親不孝通り。
バブルのころはすごかったという。

そんな夜の繁華街(最近は人通りも少ないけれども…)、僕みたいな健全な青年が入れる店は少ないw

友人に連れて行ってもらったAsian Old Bar SAITO。
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雰囲気もマスターも好き。

たんぽぽさん。
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大田原で夜中にラーメン食べたくなったらここ。

割烹荒喜屋さん。
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祖母の同級生のうちで、小学生のころにここに何度かラーメン食べに来ました。
祖母が前もって連絡をしているのか、いくと奥の座敷みたいなところに通される。
で、割烹なので色々なメニューあったんだろうけれど、俺がラーメン好きだから、祖母もいつも一緒にラーメン。
で祖母は「おいしい」ではなく「味がいい」という言い方をする。
食べながら何度も「味がいいねぇ」という。

そんなことを思い出してしまった。
近々おばあちゃん連れていきたいな。
ラーメン食べられるかな。

大田原信金本店。
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の前には…
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与一像。

続きは企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その4、中央②。
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by hoshimasato | 2011-05-20 00:40 | 大田原
企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その3、住吉町①。の続き。

日赤。
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祖父も祖母もここに運ばれましたし入院もしました。
病院が近くにあるという事は安心の要素になりますね。

その前には、吉川家。ここは人生で一番食べたラーメン屋かもしれない。
(写真を取ったと思ったのに取り忘れたので、ここも後で貼り付けます)

西那須野から走ってきたぽっぽ通りの端っこ。
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4.2km。
意外。そんなもんしかないのか。

民家の脇を流れる川。これは前に企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その2、紫塚③。の水源神社から流れてきている水ですね。
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あーなんか落ち着く。こういう風景。

日赤の裏の川は別経路?
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神社?両側の石塔が…。
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荒川公民館はもう住吉町ではなく山の手ですかね?一応。
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住吉町おしまいです。
完全に生活範囲という感じでした。

続きは企画「大田原をもっと知ろう!」・・・その4、中央①。
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by hoshimasato | 2011-05-18 22:20 | 大田原