大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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26歳になった。

変えたいことがある。
おかしな現実があって、苦しんでいる人がいる。

自分を必要としてくれている人がいて、
やるべきことが腐るほどある。

やりたいことも腐るほどある。

お金はないし、この先のことを考えると不安もあるけれど、
自分なりの信念をもって、少しでもそこに近づけるように日々努力している。

こんな風に26歳を迎えられたことを幸せに思う。

まだまだ頑張ります。
見ていてくださいな。
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by hoshimasato | 2010-06-28 17:48

産みの苦しみ

ブログの先を書こうとしているんだけれども、
なかなかまとまっていかない。

文章を書く苦しみを久々に味わっています。
適当になら書けるし、同じことを音で(声で)出すならばこんなに考えないんだけれど。
文字だけの表現って難しいよなぁ。

自分で整理がしきれていないから大変なんだろうと思う。
この作業の中で、自分でしっかりと考えをまとめていっている実感がある。

今日は諦めてまた明日頑張ります。

ここら辺すぎると、あとは流れるように行けると思うんだけれどね。
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by hoshimasato | 2010-06-18 02:37 | 思考・態度
「人がお金を払ういうことは、お金よりも価値の高いもの、付加価値を生み出しているということ。
 だから、お金が儲かるということは、それだけ世の中に幸せを提供しているということだ」
という考え方がある。
一面では正しい。
前回語ったように、より多くの人によりよいサービスを届けるためにはお金が必要なんですよね。
お金を集めて、投票・議論をして集団的な合意の中でそのお金を必要な所に配分していくのが民主主義。
投票権の代わりにお金を用いて、何を残すのか何がいらないかを決めるシステムが資本主義。

企業家の多くは、きっと上で書いた考え方にのっとって、
「自分はより良いものが生み出せる!」と考えられる人たちなんだろう、
と僕は思っている。

そういう意味で、企業は「大きくなること」を半ば命題としている。
社長・企業家としては「より多くの幸せを提供するのが世の中にとってよいこと」「働いている人の生活が良くなってほしい」というとてもシンプルな気持ちなんだろう。
そういう人が100人を雇用したら、そこに100の人生があって、家庭があって、それ以上の人々に関わってしまう。
「自分の考えや理念に賛同してついてきてくれる人たちやその周りの人たちを、何としても幸せにしなくては」という考えは、
とても自然で、共感できるものです。

だけど、世の中の流れは速くなっている。技術革新の速度も恐ろしく速い。
世の流れが早くなると、一生同じ仕事をし続けて、その仕事が人一人の人生を通じて常に必要とされている、という自体が、どんどん減っていくんです。

たとえば、氷屋さん。
少し前までは、かなりの数が必要だったのだろうが、
冷蔵庫、冷凍庫が発明され、各家庭に置かれるようになってからは、求められ方が大きく変わったろう。
詳しくはわかりませんが、その職に就く人もかなり減ったのではないだろうか。

すると、氷屋さんの社会における位置は変わってしまう。
今までほどは必要とされなくなる。

ある人が「このことで世の中に価値が与えられる!」と思って起業しても、
それが時代に必要とされなくなる、ということが目まぐるしく起きるようになってくる訳です。
でも、起業した人たちには、守らなくてはならない自分や仲間の生活がある。
そうしたら、「これは世の中にもう必要とされなくなったからもうこの事業止めるね」といって簡単に土俵から降りるわけにもいかないのです。

そこで、小さくなっていくパイを巡って血みどろの争いが繰り広げられることになる。

続く
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by hoshimasato | 2010-06-16 00:08 | 思考・態度
平成22年度東日本Aブロック児童厚生員等基礎研修会に参加してきました。
北は北海道、南は沖縄から、総勢130人の参加者があつまり、
栃木県の那須で3泊4日(6月8日~11日)。

正直、今回の研修で一番ためになったのは講義ではなく、仲間ができたことだった。
日本の労働環境や、子どもの置かれている特殊な環境を認識して、
地域という視点を持って子ども(特に学童期)の遊びをとらえている人が、日本にはまだまだ少ない(田舎は特に…?)。

僕でいえば、市で唯一の男性学童保育指導員で、児童館は存在すらしていない。
「女の人がやっていて当たり前」と思われている仕事を男がやっていること。
「その収入じゃ家庭もてないでしょ?」って言われるくらい収入が少ないこと。
教員免許を持っているため「どうせ先生になるんでしょ。腰かけなんでしょう」と思われること。
「こんなことやっているのはもったいない」という同僚の言葉。

そして、「でもこれは大切なことなんだ」とどんなに理論武装しても、弱くなる僕自身の心。
先に対する不安は忍び寄ってくる。
めちゃくちゃいいたいことはあっても、それをぶつける場所も、同じ境遇で愚痴を言い合える仲間もいない。
やっぱりそれはとてもキツい環境なんです。

3日目の飲み会の途中で、他の人の話を聞いている途中に涙が止まらなくなってしまった。
同じようなこと考えて、目の前の子ども達のために頑張っている同世代の人たちがいるんだな、って考えたら、とても嬉しくて。


研修の1日目の夜、同室になった友人が誕生日で、「誕生祝いしよう!」ってことになって(というか呼び掛けて)、
車で来ていた僕が買い出しの車を出すことにした。その流れで、毎日買い出しに行っていた。
2日目の夜、買いだしを終えて、駐車場に車を止めようとしたら、下がりすぎて、後ろの木にガシャン。
バックガラスが粉々になった…。落ち込んだ。
もう笑い話にするしかないな、って思って飲み会で話をしていたら、
そのことを聞いた人が、皆に呼び掛けてカンパを集めてくれた。
こんな箱まで作って。
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毎晩の飲み代も、かなり多く払ってくれた人がいて、かなり黒字になったのだけれど、それもカンパ箱に入れてくれた。
申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
人の優しさに触れた。
(一緒に参加したみなさん、本当にありがとうございました。
カンパ総額は57,167円になりました。驚きの額です。
車もひどい状況なので、どうするかちょっと相談している最中なのですが、
どうなったかはなんらかの形で報告します。)

4日間、すごく楽しく、刺激的で、居心地のいい空間だった。
みんな地元に帰って、その場所の子どものために頑張る人たち。
仲間がそこにはいた。

世界のどっかで起きている悲惨な事件とか、目の前の子ども達が置かれている状況とかを考えていると、
たまに人間に絶望しそうになる時があるけれど、
こういった輪ができると「人類だってまだまだいい方向に向かっていけるよ!」っていう気がしてくる。

僕自身も、子どもたちのために、社会のために、そして自分のために、
頑張って働き続けていける気がしてます。

新しい視点を得て、やりたいことがめちゃくちゃに湧き出しているので、
アクセル全開でいきたいと思います。

科目で学んだことについては、また別に書きますね。
今回の研修は今書き綴っている「なんで学童の指導員をしているのか?」の最後に付け加えなくては。

今日は市の指導員会議で、市のこども課が来ての話し合いです。
さ、頑張るぞ!!

写真は、同室の仲間たちと、割れた車のガラス。
みなさん、お世話になりました。
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by hoshimasato | 2010-06-14 05:25 | 日常

児童厚生員の研修

今日から4日間泊まり込みで、児童厚生員等基礎研修会に参加してきます。
学童でも使えることを大量に学んでこられそうだし、
今の子ども達の現状をしっかりとらえている人たちの話が聞けると思うので、ワクワクです。
なにか面白い情報等がありましたらブログなりツイッターなりで報告していきます。

それでは!
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by hoshimasato | 2010-06-08 10:14 | 日常

学童名言集 その19

3年生Hくんが友人を評して
H「あのこはりっぱですばらしいこ。べんきょうまる、スポーツまる、しょうぎまる」
星「好き嫌いは?」
H「さんかく」
2010/05/18
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by hoshimasato | 2010-06-07 01:03 | 学童名言集

学童名言集 その18

一年生Rくんが、赤い折紙について一言。
「これはもうゆうぐれになってるところじゃん」
2010/05/(日付落ち)
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by hoshimasato | 2010-06-07 00:58 | 学童名言集
それと同時に、企業というものの役割、すごさとある限界を感じた。

ベンチャー企業の合同研修の時に『「ボランティア」と「ビジネス」の違い』みたいなことをグループで発表させられた。
その時に、僕らのグループが作ったこんな話がある。大枠だけ。

ある時においしいリンゴを作るおじさんがいた。
おじさんは自分で食べるためだけにリンゴを作っていたんだけれど、
このリンゴがとても美味しくできたので、このリンゴをたべる幸せを他の人にも味わってほしくて、知り合いに分けた。
そのリンゴは人づてで評判になって「そのリンゴを買いたい」という人がたくさん現れた。
おじさんはこのお店を作って、いつでもだれでも買いに来られるようにした。
おじさんのリンゴはその町の人々を幸せにした。
そのうち、隣町や山の向こうからもリンゴを買いに来る人が現れた。
おじさんはリンゴを売ってお金があったので、隣町や山の向こうにもお店を作ることにした。
おじさんのリンゴによって多くの人が幸せを感じている。

ビジネスはお金によって拡散し、より多くの人によりよいサービスを届けられる、というお話を提示し、
『「ボランティア」と「ビジネス」の違いはそこ』という結論を作った。
事業の始まり、企業の「正」の側面を表したお話。
とても優等生的なお話ではありますが、
これが資本主義の原点な気がするんです(学問的なことはわかりません)。
俺らの生活はこういったシステムの上に成り立っている。
おいしいものが食べられるのも、
好きな音楽が聴けるのも、
遠くまで行けるのも、
快適に過ごせるのも、
全部そう。

日本でいえば松下さんとか本田さんとかの大企業家がなしとげた偉業って上のような様な思想を体現してきた人たちだから、未だに新人教育とかでこういう人らの本を読まされるし、
それに感化されているような人たちの熱意によって動いている部分もある。
負の側面はあれど、自分が今の生活に幸せを感じながら、こういったシステムの総体を批判するのってすごく難しい。
違うシステムを夢見て失敗している先人達がいっぱいいますしね・・・。

次は、上に書いたようなお話を、企業家の立場からもっと現実に寄って見てみたい。

続く。
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by hoshimasato | 2010-06-07 00:41 | 思考・態度
こういうことを真剣に考えてしまうと、
日々買ったり使ったり消費したりするものの多くが世界のあらゆる問題とつながっていて、
どこの誰の不幸とつながっているやしれんので、何もできなくなってしまう。
「無限の責任をどこまで負わなくてはいけないのか」という倫理的な問題になるけれど
まあ、それはちょっと置いときます。

大体は競合店を「敵」みたいな感じにとらえて戦略を立てるといった雰囲気だったんだけれど、
どうもそれがうまくいかなかった。
周りの店舗のスタッフを敵と思えない。
だって偵察とか行くと、頑張りが手に取るようにわかるんだもの。
あっちはあっちの生活があって、それを守るために頑張っていたりするのかも。
自分は敵以上の努力をするんだ、って思っても、やっぱり「僕が頑張る意味は?」ってなってしまう。

売上が上がることでのインセンティブもあったので、
「自分がたくさんお金をもらうため」という目的だったら、シンプルなんだけどね。
でも、僕はそんなにお金要らないと思ってしまうんですよね。
あったら使うけどなかったら使わない(使えない)。 

個人的に意味が見いだせないなら、大義が欲しくなる。

「『携帯電話を売る意味』ってなんなんですか?」
という問いを上司や同僚にしてみたんだけれど、
「携帯電話を売ること」そのものの意味について答えてくれた人は一人もいなかった。
ベンチャーだからということもあるのかもしれないが、
「会社が大きくなったときにすごいことをするため」
「自分が力をもったときに、すごいことをなすため」
先にある大きな野望のため、今は携帯を売る、なんです。
その野望自体はとても素敵なことばかりなんだ。
素敵なんだ。素敵なんだけどね。

ある店舗に、成績のいい派遣の人がいて、
インターンのときからいろいろ教えてもらったりして良くしてもらってたんだけれど、
その人の答えが一番響いた。

「携帯電話を手に入れることって他にはない喜びがあるね。」

シンプル。これ以上の答えはないと思った。
その人は携帯を何台も持っていて、本当に携帯電話に詳しかった。
携帯が本当に好きで、携帯の話ばっかりしていた。
そして、俺のいる場所はここじゃないな、って思った。

続く
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by hoshimasato | 2010-06-03 23:53 | 思考・態度
それから、紆余曲折はあるけれど、
携帯電話を売る意味を見失っていく。

ここからまた一つ、ちょっと極端なお話をしたいと思います。

「僕が携帯を頑張って売ると、マウンテンゴリラが殺される。」

今僕が作った言葉ですが、「風が吹くと桶屋が儲かる」の同義語です。
なんで、「風が吹くと桶屋が儲かる」といわれるか知ってますか?

風が吹く
→砂が舞う
→目に砂が入って盲人が増える
→盲人は三味線弾きになる
→三味線が売れる
→三味線に張る猫の皮をとるために猫が狩られる
→鼠が増える
→鼠が桶をかじるので、桶を買う人が増える
→桶屋が儲かる

たしかこんな感じだったと思う。

さて、で
「僕が携帯を頑張って売ると、マウンテンゴリラが殺される。」
ですが。

携帯とマウンテンゴリラとどういうつながりがあるか。
こじつけでいいので考えてみてください。

ヒント。
「僕が携帯を頑張って売るとアフリカで女性がレイプされる」でも
「僕が携帯を頑張って売るとアフリカで子どもの手が切り落とされる」でもいいんだけどね。
ちょっと過激すぎるかと思って、マウンテンゴリラの話にした(結局出してるじゃん)。

携帯電話には、レアメタルと呼ばれる希少な金属が使われているんだけれど、
その一つに、タンタルという金属がある。
この金属は限られた国でしかとれなくて、とても値が張る。
他の金属で作るよりもはるかに小さなコンデンサが作れるので、先進国では携帯電話や小型ゲーム機に欠かせないものになっているからだ。
コンゴなんかではそういった鉱物をめぐって政府軍と反政府軍が紛争を続けていて、
鉱物を先進国に売って武器を買うお金を得る。
レアメタルをとるために森を切り開くので、マウンテンゴリラは住みかを奪われる。
で、人間を襲い、銃殺される、と(ごめん、ここらへんは適当だけど)。
(マウンテンゴリラ以外の話にも興味がある人はアマゾンで「13歳、職業、兵士」とか、映画の「ブラッディ・ダイヤモンド」とかを検索したらどんどんレコメンドしてくれるはず)

上の文は意図的に扇情的に書いたし、
どこが問題だ、というつもりもないんですが。

「こういう物語も、ある。」ということ。

続く
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by hoshimasato | 2010-06-02 23:59 | 思考・態度