大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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桃太郎は悪者。

きまぐれフットワーク、アップしました。
今回、盛り上がったなぁ・・・。最初からテンション高い。
その分、入り込めない人も多い回なんじゃないかと。集中して聞かないとどういう流れかわからないところ多いし。
俺は編集してて、かなり笑った。ツボにはまってくれる人が一人でも多ければいいなぁ。

前半でやっているような話、好きなんです。
インドの神話、
アンパンマン、
桃太郎、
力太郎、
王様の耳はロバの耳、
裸の王様。
物語に突っ込む。
いくらでも話せる気がするね。
飲み会とかでフローとして流れてしまう話がとれた気がします。

出演者募集中です。
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by hoshimasato | 2009-05-27 00:00 | Comments(0)
chioさん、off-toさん、musicmanさん、書き込みありがとう。
掲示板にも書き込みましたが、こっちの方が読みやすいかと思いこっちにまとめ直しました。
この書き込みはおやすみ世界[0]合意の壁[0]を前提にしています。
ちょっとややこしい部分もあるかと思いますがどうぞ。
まだ、俺がどういう議論をしたいか、伝わってないかと思いますが、ごめんなさい。
徐々にわかるかと思うので、お付き合いください。

2 :chio:2009/05/16(土) 01:28:33
『やられて嫌なこと』というのは、
されることが 前提の言葉なのかなという気がします
『やられる』ことがイメージされるんですよね
いじめ 無視 放棄 否定 嫌がらせ 暴力 など

人間はコロニーもしくはコミュニティーを作って生活する生物なので
そのルールを破ることは 社会の中では罪というか悪ですが
弱肉強食、資本主義的考えは 生物の基本本能だから
嫌なことをする・できるっていうのは 人間であれば当然のことですよ

『やられていやなことをするな』というのは
お互い 生きることに神経すり減らしたくないよな
だから 出来るだけ摩擦は起こさないでいこうぜ
だけど お前が俺のこと攻撃したら 俺もせざるを得ないし
そうなったら 周りも迷惑するから 出来るだけ避けようぜ という
ある種の念押し、強制強要でしょう

人を殺すことに恐怖を覚えるのは そういう刷り込みをされているからです
蚊を殺すことに 何の罪悪感も覚えないのは 殺しちゃいけないという教育をされてないからで、
インドで 牛を食べないのは その地域で信仰されてる宗教のせい

全ては 人の決めた 決まりです
結論としては、人間を含めた生物たちは、生きるために必死ってことです

なんか、星さんの言いたい議論とは全然違う話ですいません


でも 目の前で苛めっ子と苛められっ子みたら、
すっごくイラついて 苛めっ子を殴りたくなると思います

>chioさん
>『やられて嫌なこと』というのは、
>されることが 前提の言葉なのかなという気がします
なるほど。そうですね。
「やられる」という言葉は「嫌なこと」につける、
すると、「嬉しいこと」「してもらう」になるんですかね。
「してもらって嬉しいこと」。
これってきまぐれフットワークの090514の回で話していることと似ている気がします。
本題とは別の問題なので深入りはやめますが、後で考えたいですね。

>『やられていやなことをするな』というのは
>お互い 生きることに神経すり減らしたくないよな
>だから 出来るだけ摩擦は起こさないでいこうぜ
>だけど お前が俺のこと攻撃したら 俺もせざるを得ないし
>そうなったら 周りも迷惑するから 出来るだけ避けようぜ という
>ある種の念押し、強制強要でしょう
僕もそう思います。
それと、多様性というものとがどう絡んでくるかについて、今後話していこうと思います。

>全ては 人の決めた 決まりです
>結論としては、人間を含めた生物たちは、生きるために必死ってことです
まとめちゃいましたねw
そこらへんに自覚的になって行きたいと思っているんですよ。

chioさんとは、ここらへんのことがらについて持っている感覚や認識が似ている気がします。


3 :off-to:2009/05/16(土) 22:56:00

そうかな?本当にそうなのか?
前提が少しあやふやな気がするけど。

その言葉は大人に対して使われる言葉じゃないでしょ?
それについてはなんでだと思う?
それを言われる対象についてどう取り扱ったらいいのか。

そもそも人の気持ちをある程度理解できるようになるにはある程度の成熟が必要だと思うし、星も触れてはいるけど、その点についてはもう少し考える必要があるのでは?

何を意図しているかによって違ってくるけど、この場合(合意の壁[1-0]を念頭に置くと)単に言葉としてそれを提示していると捕らえていいのかな?それとも言われる対象である子供の発達の度合いも鑑みながら展開するのか?
そこをまず明確にしないと議論も糞もないでしょ。

…人間確かにある程度コミュニティに依存すると思うけど、そこからはみ出たものを罪だとか悪だと言い切るのは傲慢にも程があると思う。それを言ってしまうと所謂ところの「天才」は悪だということになってしまう。
ルールを守りたくても守れない人間もいるということを念頭に置かなくちゃ話にならんでしょ。そしてそれがどういうことなのかも。

理解を望むという姿勢で取り組むのなら、無視してはいけないところでもあるしね。


…それとさ、その後段階で、学校でも親からでも「相手の身になって考えましょう」って散々言われなかった?

「多様性?何それ?食えんの?」くらいでいいんじゃないの?


>off-toさん
>前提が少しあやふやな気がするけど。
そうですね。「少し」じゃなくって、前提があやふやなんです。
そこについて、合意してないからね。俺も明言してないからね。
でも、何かについて議論するときって、その前提に目を向けないでしょ?
何かについて合意するには、その前提に合意する必要があって、
そうすると、そこにまた前提があって・・・。ってなる。
でもどこかで合意、あるいはそれ以上分けられない(と当人たちの間では思える)前提や価値観があると思うんです。

だから、疑問をどんどんぶつけてほしい、って思っているわけです。
それによって、俺が前提としている考え方もわかる。

で、off-toさんの質問を俺なりに整理すると、
『「やられて嫌なことはするな」という発言について議論する際に、
発達段階や、その他の条件も考慮に入れるのかどうか
(発達段階も考慮に入れるならば、そこについて考える必要があるのではないか)』

ということでしょうか。
一応まとめ直しておくと、[1-0]で俺が言いたかったのは、

『「やられて嫌なことはするな」という言葉は
「相手と自分がやられることがらについて同じ価値観を持っている」ことを前提としている。』

ということと

『価値観が多様である、ということを前提に置くと、
「自分がされて嫌なことはするな」という人が辿り着きたかった「誰も嫌な思いをしない」手段は、
「他の人がされて嫌だと思うことはしない」になる。』

ということだけを言いたかったのです。
『だからこうすべきである。』
ということは言っていないんです。
言いたいことはあるといえばあるんですが、本題ではないので保留してます。

たぶん、off-toさんは、『星は「やられて嫌なことはするな、という発言はすべきじゃない」と言いたい』と考えているんじゃないでしょうか。
そうでないと、発達段階を考慮に入れるかどうかは関係してこないので。

質問のとらえ方が違うならば、もう一度質問お願いします。

off-toさんがしてしてくれた場所は非常に興味深い場所です。
「発言の是非は発言をする人、される人の発達段階によって問われるべきか(大人、子供ってなに?)」
「人の気持ちをある程度理解できるようになるにはある程度の成熟が必要ならば、どこで線を引く?」
そういった問題を勝手にを感じました。
これについては、またあとで話していこうと思います。

>「多様性?何それ?食えんの?」くらいでいいんじゃないの?
多様であることについては、まだ俺の考えを展開していないので、
[1-1]「多様性を認めなくてもいいんでは?」[2-0]「多様であることとはどういうことなのか」
で俺の考えを展開してからにしましょう。


4 名前:musicman 投稿日: 2009/05/18(月) 21:10:00
☆言いたいこと★
「やられていやなことをするな」
違和感ないけどなぁ
使い方の問題な気がする。
☆ここまで★


上手く言えないけど「多様性」とか重箱の隅をつついてるような感じがする。
例えば、ナイフの使い方みたいな。
用途は良し悪し様々だけどナイフ自体は悪いもんじゃないって感じ。


う~ん…
いまいちどういう議論を望んでいるのか分からない。
つまり、そこまで重大な問題意識を持てないってことかな…(この動機はかなり興味深い自己探求の素材になりうるな)

>musicmanさん
>使い方の問題な気がする。
といってしまったらそうだろうなぁ。
でもそしたらどんな発言だって使い方の問題だよね。
「使うべきではない」とは言ってないし、
俺は「ただ、こういう前提が暗黙のうちにあるよね?」
ってことを言いたかっただけなんです。

考えてほしいんだけど、「何でやられていやなことはしちゃいけないの?」
って質問されたら、どう答えるの?
「違和感ないけどなぁ」では答えられないでしょ。
そこに、きっとmusicmanが無自覚に前提としているものがあるんだと俺は思うのね。

たとえば、musicmanのナイフの例えね、それについて俺が突っ込みを入れるとすれば
「『ナイフ自体は悪いもんじゃない』っていっているけど、musicmanは何かを『悪いもの』と考えているの?
そういう言い方をしたら、『悪いもの』ってこの世に存在しない気がするんだけど。
全部、使う人がどう使うかの話になってしまう。
じゃあ、何で日本で銃は規制されてるの?」

そういうところを、話していきませんか?ということなのです。

>つまり、そこまで重大な問題意識を持てないってことかな…(この動機はかなり興味深い自己探求の素材になりうるな)
たぶん、そうなんだと思う。
でも「多様性をどうとらえているか」
って「死刑問題」とか「差別問題」とか「憲法の問題」とか「戦争の問題」とか「musicmanさんが問題意識をもっていること」などの
この世の諸問題の根っこにある、
それぞれが無自覚に前提としていることなんじゃないかね。
で、そこに目を当てていかない?っていうことをしたいんです。
もしかしたら後々何か感じるかもしれないので、よかったらおつきあいください。
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by hoshimasato | 2009-05-20 19:11 | 合意の壁 | Comments(0)

合意の壁

おやすみ世界、動かします。
「合意の壁」
というものを作りました。

そこに、先日数日前ブログで書いた「やられて嫌なことはするな」についての僕の意見をのっけてあります。

「合意の壁」では、人間は言葉でどこまで分かり合えるんだろう、
ということに挑戦しようと思います。
若干違うか、人間は理屈でどこまで合意できるんだろう、
ということに挑戦します。
無謀です。
すぐに落っこちるかも知れないし、不毛に上り続けるだけかもしれません。

詳しくは、おやすみ世界にて。
議論があったらおやすみ世界掲示板によろしくです。
ブログのコメントにでもいいですが、掲示板に転載させていただきます。
了承ください。

議論ふっかけてきてください。
言いたいことあるでしょ?
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by hoshimasato | 2009-05-16 00:01 | 日常 | Comments(2)
きまぐれフットワークアップしました。

今回は5人。
ふなえさん、渡辺さん、新美さん。
主に、言葉の問題について、激論してます。
「『長所しか伸ばせない』って、あたりまえじゃないの?」というふなえさんの話から、こんなになるとは。
序盤に「ゲストが何を言いたいのか全くわからない」という状況に陥ってあせりました。
パーソナリティーとしてはこういうことあっちゃいけないよね。
改めて聞いてみると渡辺さんに随分助けられてますね。

ああ、みんな面白いなぁ。
俺、面白くないなぁ。

いや、お笑い的な面白さは俺の役割ではないので、それでいいんだけれど、
やっぱり「笑い」を作り出せる人達に憧れる。
「笑い」って無敵だと思うわ。

ブログを見てくれている人の中には共通の友人も多いとは思いますが、
ゲストのふなえさんのブログ「トウキョウ八重歯」は短編小説のような妙ちょっと切ない後味の記事や、妙な余韻を残す記事や多いです。
文章読むとすごい酒飲みな気がする。
また話しましょう。

きまぐれフットワーク、順調に録っていますよ。
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by hoshimasato | 2009-05-14 13:50 | 日常 | Comments(0)

言葉にしたい願望

物心ついた時から常に、ごちゃごちゃ余計なことを考えているのですが、
最近は考えたことを文章にまとめるのが難しくなってきている気がします。

何か一つのことを言おうとすると、
それの前提に置いている考えを説明しなくてはいけないような気がしてしまう。
で、もちろんその考えにも前提があって・・・。
全部を追い切れる訳はないので、どこか自分がしっくりくるところでまとめたらいいのだけど、
それができないから、こんな文章を書いているわけですよね。

でも、自分がいろんな物事にどんな考えを持っているかについて、
言葉にしたいという願望は強い。
言葉にしたいと思って、文章にしようとする作業の中で、
自分がどんな考えや嗜好を持って、どんな場所に行きたくて物事を考えているんだかを、
なんとなく分析できるようになってきた気がしています。
そして、それをおやすみ世界にまとめていきたいと思っているのです。
何かひとつかけたら、それを前提として次に、次にと、ゆっくりでも書いていける気がする。

ところで、今日、ある友人のブログでこんな文章を見ました。
「自分がやられて嫌なことは周りにもやらない。」
友人が使っていた文脈からは切り取って、この言葉について考えてみたい。
幼稚園か、小学生の時に、よくいわれませんでしたか?この言葉。
この言葉については昔から思うところがあるのです。
その「思うところ」は、僕自身の価値観の中核をなしている気がするのです。
この言葉について語れば、いろんなことを芋づる式に語らざるを得なくなる気がする。

だから、ここをとっかかりに何か言おうかな、と思ってます。
ちょっと言い換えますが、
「やられて嫌なことはするな」
この言葉について、みなさんはどう考えますか?


また、数日後に。
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by hoshimasato | 2009-05-13 02:06 | 思考・態度 | Comments(5)

感謝

ライブ、終了しました。
来てくださったみなさん、応援してくれたみなさん、ありがとうございます。
すごくフラットな状態でやれました。
とりあえず、思い残すところはないです。

ありがとうございます。
ありきたりな表現ですが、感謝の気持ちでいっぱいです。
温かく見送ってもらったような、そんな感じ。

いっつもそうなんです。
こっちの方が多くもらってしまうというか。
なんだろうなぁ、あれ。

残滓がまだ体の中にある気がします。

がんばろう、って気になります。

裏切ったらごめんなさい。
僕があなたを裏切るまで応援してください。
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by hoshimasato | 2009-05-13 02:01 | 日常 | Comments(0)
ランタンとして二人で活動を開始して気が付けば四年近くの月日が経っています。

色々なことがあって、変わらないもの・変わっていくものの間で揺れながら大きく進んだ四年間でもありました。

自身のギター演奏についても、ランタンとして活動を始めるまではロックバンドでのギター演奏が主だったのでアコースティックユニットとして活動するのは正に門外漢の暗中模索という状態でした。自分の今のプレイスタイルもその試行錯誤の中で多くが培われていったものだと思います。

で、本題(笑)の活動休止についてですが、良く聞くような「お金でモメた」「音楽性の違い」「喧嘩した」という本音が見え隠れする様な建前の「お互いの発展的活動のための休止」ではなく、本音の「お互いの発展的活動のための活動休止」になります。

二人でやる形式のランタンは、シンプルに言うと今二人で好き放題動くにはちょっと窮屈な狭い部屋になってしまった…というところでしょうか。

星くんが栃木に戻り、物理的な時間・距離の問題出てきたというのもありますが、それ以上に私も星くんも新しい自由な表現を模索して形作る時期がきた、ということなのです。
星くんはこれからも唄歌いとしていろんな形の唄を皆さんにとどけていくでしょう。
私もエイスデヨバンズというバンドのギタリストとして一匹のロックアニマルに戻り、皆さんに熱狂と興奮をお届けしたいと思います。

お別れや終了ではなく、ちょっと形が変わるだけなのでまた一周してランタンをお見せ出来る日も来ると思います。再開、再会も楽しみです。

それでは!暫時のお別れです!
四年間沢山の応援、ご愛聴下さりありがとうございました。
可愛がって下さったライブハウスの皆様、力を貸して下さった皆様、心よりお礼申し上げます。

2009年5月6日 仲宗根朝将
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by hoshimasato | 2009-05-06 03:06 | Comments(0)

活動休止について( 星)

ランタンは星、仲宗根(以下なかそん)の2人で約四年間の音楽活動を行ってきましたが、本日2009年5月6日のライブをもって、2人での活動を休止することにしました。

解散とか、ただの休止ではなく、「2人での活動を休止する」というのは、変に聞こえるかも知れません。
でも、これが一番僕の実感に近い表現なのです。
「なかそんがランタンをやめる」でもなく、「星が新しいバンドを始める」でもない。
言い換えるなら「ランタンのあり方を変える」。

今までのランタンの活動は、「僕がやりたいこと」「歌いたいこと」というものを歌という形で提示して、その上で2人でそれを煮詰めるような作業でした。
といいつつも、かなりなかそんに甘えている部分があったと思います。
僕がやりたいことを汲んで、僕が持っていく歌をぐぐっと広げてくれました。
色を付け、立体的で厚みのあるものにしてくれました。
それは、人間性の幅と、聞いてきた音楽、やってきた音楽の幅に裏打ちされたもので、1人のミュージシャンとして尊敬に値するものです。本当にすごい。

なので、ランタンを新しい形でやってみる、というのは、僕にとってはひとりだち、というような意味もあります。

なんで単純に休止や解散という形をとらないのかというと、「休止」や「解散」と言う言葉を、僕となかそんが共にしっくり来ないと思ったからなのですが、
僕がランタンを続けることには、歌の作り手として、2つの理由があります。

1つ目は、僕は僕の歌から逃げられないから、ということ。

2つ目は僕は僕の歌を捨てられないから、ということ。

それは別にしても、今あるものを止めてしまう「休止」という言葉のイメージも、しっくりきませんでした。
お互いが流れつつまたどこかで合流するような予感もしているからです。


なかそんは、エイスデヨバンズ(エースで四番の集まりという意味)というバンドを軸に音楽活動をやっていくようです。
このバンドは、名に恥じず、とてもかっこいいバンドです。
久しぶりに見た、手放しで賞賛できる日本語ロックバンドです。悔しいくらいにかっこいい。

そしてランタンは星が書いた歌、これから書く歌を音源にして、もっとフレキシブルに、いろんな形で、いろんな場所で、音楽をやっていけたらな、と思っています。

今後も、仲宗根と星を暖かい目で見守ってください。

ランタンと出会ったすべての人に、感謝の気持ちをこめて。

2009年5月6日 星雅人
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by hoshimasato | 2009-05-06 03:05 | Comments(0)

活動休止について

2人での活動休止についての星、仲宗根それぞれのコメントなのですが、公式サイトに載せる筈が、事情がありアップできないので、一旦このブログに載せさせてもらいます。

そして、ワンマン当日です!

ランタンワンマンライブ
「煙のあとに残るもの」
5月6日@新高円寺スタックスフレッド
open19:00 start19:30
\2000+1drink

まだ席に余裕はありますので、ぜひ足をお運びください。

前説として、高田さんが、ランタンに関するネタをやってくれるそうです。
楽しみです。

お待ちしてます!
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by hoshimasato | 2009-05-06 03:03 | Comments(0)
突然ですが、ランタンは、5月6日(水)のスタックスフレッドのワンマンライブをもって、2人での活動を終わりにします。

詳しいことについてはまた公式に(笑)コメントを発表させてもらいますのが、
最後のライブ、ぜひ見に来てください。

5月6日(水)ランタンワンマンライブ@新高円寺スタックスフレッド
「煙のあとに残るもの」
\2000-+1Drink
open 19:00 start 19:30

ゴールデンウィークの疲れを癒します。

え、そんな音楽やってたっけ…
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by hoshimasato | 2009-05-01 01:09 | Comments(2)