大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

カテゴリ:おやすみ世界( 1 )

おやすみ世界にアップした文章です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ある日、学童で起こったことから、おやすみ世界へ。

僕が働く学童では、毎月地域の語り部のおばあさんが来て、読み聞かせをしてくれる。
子どもたちが何を言ってもおっとりした返事をしてくれる、優しいおばあさんだ。

だけど、子どもたちに「今日は読み聞かせだよ」というと、
子どもたちからは「えー、読み聞かせかぁ」という反応が返ってくる。
「遊ぶ時間なくなる」「話聴きたくない」という声が聞こえる。
というのも、普段ならおやつの時間まで40分くらい遊べる時間が、
読み聞かせのときは20分くらいになってしまうから。
ただでさえ授業が増えて遊ぶ時間が減っている子どもたちは嫌がる。

その日の読み聞かせは、ちょっと荒れた。

おばあさんが読んでいる本の「絵が見えない」といって立ちあがる子が何人かいて、
立ちあがった子のせいで、それより後ろにいる子がまた見えなくなり、
多くの子どもたちが座っていた場所から移動しだす。

「見えなくても話だけ聞いていればいい」といって、
おとなしく僕の膝で聞いていたら、眠ってしまう子もいる。

他の指導員は、それが気に入らないようで、
「起きなさい」といって腕を引っ張り、無理やり起こす。
僕の膝が埋まっているのを見て、違う先生を求めてくっつきにいった子を追っ払う。

確かに、騒々しかったし、ごちゃごちゃしていた。
おばあさんも、気持ちよく読んではいなかったかもしれない。
おばあさんには失礼だったろう。

読み聞かせが終わり、おばあさんが帰った後に、
指導員の一人が子どもたちにこんなことを言いました。

「先生は恥ずかしかったです。
わざわざおばあちゃんが本を読みに来てくれているのに、
立ちあがったり、うるさくしたりして。
眠くもないのに寝たふりしてる子もいます。
読み聞かせをしてくれているんだから、
ちゃんと座って静かに聞きなさい。
みんな、お話聞きたくないの?聞きたくない人は手をあげなさい」

誰も手をあげませんでした。
あんなに「聞きたくない。もっと遊びたい」と言っていたのに。


子どもたちは、何を考えているか。

「黙るんだ。本音を隠すんだ。大人が与えたものをありがたく受け取るふりをするんだ。
納得はいかないけれども、言ったところで何にもならない。だから黙るんだ。」

極論を言ってしまえば、こういうことだと思っています。


子どもの頃、この空気を作りだす大人が嫌いだった。
自由な発言を求めるふりをして一つの答えしか求めていない大人が。
自分が求める発言を「正解」としてその他の答えを許容しないのに、
それを自覚していない大人が。

僕はその空気に耐えられず、
「本当のこと言っていいよ。怒らないから、本当に思っているなら手をあげなね」といった。
子どもたちは、周りをキョロキョロ見渡して、お互いの顔を確認しながら、ひとりふたりと手をあげだした。
そして、最終的には、全員が手をあげた。

3年生の男の子は、
「聞きたいって気持ちもあるけど、あそびたいって気持ちの方が強い」
「5時より後ならいい」(冬は暗くなるので5時に外遊び終了だから)
と、小さい声で意見を言っていた。
僕は感心してしまった。

だが、質問をした指導員も、こうなることは予想していなかったようで、
「でも、おばあちゃんが読みに来てくれているんだから、静かに聞きなさい」
で押し通した。


大人は、問われない。
大人は強者で、権力者だから。

おばあさんも大人。
おばあさんの読み聞かせでは、目が悪いので本に顔をかなり近付けて読むので、
だんだん本が閉じてきてしまい、絵を見られなくなってしまう子どもたちが出てくる。
声も小さい。子どもが少し話すと声が消されてしまう。

でも、読み聞かせをしに来てくれているおばあさんのことを問題にするのは、筋違いというもの。
一番問題なのは、きっと指導員だから。

おばあさんの好意を、そのままの形で子どもたちに届けようとする努力が足りない。
読み聞かせの「場」は、もちろん指導員が設定している。
おばあさんの声が小さいことを知っているんだから、
30人を超える子に一度に聞かせようとしないで、半分ずつにしてもいい。
5時よりあとにしてもいい。

何より子どもたちとおばあさんに申し訳ないのが、読み聞かせが「つまらないもの」になってしまっているということだ。

そういったことを考えずに、大人は「大人の気持ちを考えなさい」を子どもに押し付けている。

もちろん、読み聞かせをしてくれているおばあさんの気持ちを汲んでくれる子には育ってほしい。
でも自分の気持ちを汲んでくれない人に、「思いを汲んで、思いを汲んで」ってにじりよられたら、「は?」ってなるのは当然。
まずは、大人が子どもの気持ちを汲んであげること。声にならない声を聞いてあげること。
そこからしか対話はできないのではないか。


その後のおやつの時に、3年生の中に入って話して「どうしたらいいと思う?」と聞いてみる。
「外で遊ぶ時間が短くなるから嫌なんでしょ?5時以降だったらどう?」と聞いたら、
「だってダメって言ってるじゃん、あの人たち」と言われた。
「あの人たち」という言葉に驚いた。
これが、大人と、子どもたちの距離だと思った。


「大人が世界を変えられなければ、誰が世界を変えるのだ。」

これはおやすみ世界のコピーだが、これには二つ意味がある。

大人が世界を変えられなければ、誰も世界を変えられない。
だから俺たちでやろうぜ。

このコピーを作った当時は、主にこっちを考えていた。
なんだか、うまいこと回ってないな、世界。と思って。
コミュニケーションをして、合意をして、世の中にあるクソみたいなことをひとつひとつ解決していこうぜ、と思って。

だけど、学童で働くようになってからは、こっちの意味の方が強い。

大人が世界を変えられなければ、誰が世界を変えるのだ。
それは次の世代の大人だ。つまり今の子どもたちだ。

多くの人が、考えてきたことで、新しくも何ともないけど。

自分の気持ちを考えてもらえないのに「人の気持ちを考えろ」と言われて育った子は、
きっと自分が強い立場に立った時、自分の気持ちを同じように誰かに押し付けるだろう。
押し付けられる相手は、弱い立場の人だろう。
弱い者に、強者の気持ちが押し付けられる社会。そんな社会がいい社会なはずがない。

おかしいと思ったことには、
自分の意見を言って、
相手の意見も聞いて、
違う人の意見も聞いてみて、
それらを考慮して合意をして、新たなルールや仕組みを作っていく。
そういったことを小さい頃から繰り返していけば、
「おかしいことは変えられるんだ」と思ってコミュニケーションをして、動ける大人になる。
そういった大人が、きっと世界を変えるのだ。

そう思っている。

僕に出来るのは、他の指導員とコミュニケーションをとり、
自分の気持ちを話して、相手の話を聞き、どこかで合意し、新たな読み聞かせの場を作ること。
まずは大人がやって見せなきゃね。
[PR]
by hoshimasato | 2010-03-04 02:30 | おやすみ世界 | Comments(30)