大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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カテゴリ:学童( 13 )

全国学童保育指導員学校南関東会場@東京経済大学に参加してきました。
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多くの福祉制度同様に、学童保育もそれを求める保護者とその現場にいる指導員の活動によって増え、子どもたちの安心安全が保障され、社会的な認知も得られてきました。
そういった活動がなければ、現在の学童はありません。
今日の指導員学校も、多くの保護者さん・指導員さんたちが手弁当で集まって、今学童に必要な勉強は何なのか話し合い、内容を練って、という働きの上に成り立っているんですよね。
ありがとうございます。お疲れ様です。

公的な資格がなく、職に就く際に資格要件をもとめられることの少ない学童保育指導員は、
子どもに対する知識や学童保育の理念などを持たずに「子どもたちが怪我をしないようにみていてくれればいいから〜」などの誘い文句で現場に入り、
子どもに向き合うようになってから、「このままではいけない!」と勉強・研修の必要性に気づかされることが多いです。
指導員学校は他の地域の指導員さんがたと集まり一緒に勉強・成長できるチャンスです。
今日は日本全国津々浦々から815人の指導員さんが集まったようです。
仕事として参加されている方もいるでしょうが、現場に入って驚き、何とかしようと四苦八苦し、必要にかられて研修に参加する指導員さんもたくさんきているのでしょう。

全体会は、この間5月20日の栃木県学童保育研究集会にもきていただいた、
全国学童保育連絡協議会の前会長で現役指導員である山本博美先生の講演でした。
現場にいる人ならではの、学童での子どもたちとのやり取り、保護者とのやり取りをたくさん交えながらの笑いあり、涙ありの講演です。
山本先生の現場での実践の話は、指導員としての役割が感覚的に理解できる気がします。

「誰かにしてもらったことを、返さなくても、誰かにしてあげられればいいんだよ」
「学童保育はお互い様と順繰りの世界でつながってきた」
学童保育にかかわらず、子育てがそういうものですが、敷衍させていけば、社会全体がそういうものですよね。
僕も多くの人に暖かく支えられてきて、未だに支えられて生きています。
上の世代からもらった以上のものを、今の子どもたち、未来の子どもたちにたいして、返していきたいと思っています。

午後の分科会は第18分科会「学童保育と指導員をめぐる情勢と課題」に参加し、木田保男全国学童保育連絡協議会会長の話を聞きました。
やはり、今国会に出されている子ども・子育て新システムは外せません。
今日の下野新聞にも栃木保育団体連絡協議会・意見広告が載り、新システムに反対する多くの方の名前がありました。
「保育・子育て新システム」関連法案は、消費税法案などとともに国会に上げられている法案ですが、私も強く反対の立場です。
反対する理由はたくさんありますが、細かい部分はまた改めてお伝えするとして、一番大きい変化は地方自治体の保育の実施義務がなくなることです。
公的保育制度の解体ともいうべき危機的な状況です。

「保育の質」についても書きたかったのですが、長くなってしまったのでまたの機会にします。
指導員学校に参加された皆さん、お疲れ様でした。
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by hoshimasato | 2012-06-03 23:31 | 学童 | Comments(0)
なんで学童保育の指導員をしているのか?その36―放課後についての続き。

前回書いた4つの項目に対して説明するために、今回はひとつの本を紹介する。

遠藤ケイ「誰もがもう一度やってみたいこども遊び大全」

作家でありイラストレーターである遠藤ケイさんが、絵と文で自分が子どもだった時にやって来た多種多様な遊びを解説している本だ。
目次に書かれている項目は以下のとおり。

「ベーゴマ、ビーダマ、メンコ、クギ遊び、たが回し、陣地遊び、竹馬、馬乗り、石けり、ジャンケン、こま遊び、竹トンボ、草笛、紙ヒコーキ、ケン玉、鉛筆野球、けんけんがえ、カン蹴り、だるまさんが転んだ、トンボ釣り、虫のいたずら、スズメ捕り、鉄砲、ちゃんばらごっこ、変装ごっこ、草木相撲、釣り、字隠し、レントゲン、凧合戦、将棋遊び、玉かち、竹スケート、ゴム跳び、縄跳び、かごめかごめ、とおりゃんせ、鬼ごっこ、まりつき、石けり、お手玉、おはじき、あやとり、折り紙、指遊び、貝遊び、ハンカチ遊び、影絵、らくがき、糸でんわ、しゃぼん玉、ままごと、草花遊び、おしゃれ遊び、みかん釣り、羽根つき」

これらの項目ひとつにつき、数頁にわたって遊び方や用語の説明が書いてある。それだけではなく、その遊びを子どもたち(つまり当時の遠藤ケイさんたち)がどのようにとらえていたのかがしっかり書かれている。

僕はここに載っている50年前の遊びの豊かさに驚いた。
みなさんはここに載っている遊びをいくつ知っていましたか?いくつやったことがありますか?
僕は、半分くらいしか知らなかったし、知っているうちの半分も実際にやったことがなかった。解説を読んで、知識としては知っている遊びでも、自分がやったことのないものだと、その醍醐味がわかっていないものだな、と思わされた。
 遊びの数もすごいが、ひとつひとつの遊びが深い。例えばビーダマひとつとっても、僕はただビーダマを当てて取り合う遊びしかやったことがなかったが、この本では「島出し」「星ビー」「まる」「穴一」「ポリボックス」「くるみ打ち」などという様々な遊び方を教えてくれている。また「ネムリ」「エサ」「尺取り」「ホンコ」「スラコ」などの用語・ルールがある。そういった深い遊び文化のなかでこどもたちは過ごしていた。
 遠藤ケイさんは1944年生まれ。ということは、1950年代の遊びが載せられているのだろうから、ここ半世紀で、多くの遊びが伝承しなくなって、伝承しているものからも深みが失われてしまったものもある。そういう状況なのだろう。

あとがきのケイさんの言葉にも感じるものが多かったので、たくさん引用する。
「昔は、貧乏人の子だくさんではないが、“産めよ増やせよ”などという国家高揚のスローガンの尻馬にのせられて、どこの家もこどもでいっぱいだった。挙げ句、親は一層生活に追われ、こどもにかまけている余裕がなかった。こどもたちは、親に甘えられない寂しさを感じながらも、否応なく自立心を植えつけられ、親の目が届かない自由を謳歌し、元気いっぱいに遊んだ。
 家から溢れ出したこどもたちは、町内の路地や空き地、あるいは神社の境内に集まって遊んだ。ニキビ面の年長の子から洟たれの小さな子までの異年齢の集団が、ガキ大将に統率され、種々雑多な遊びに熱中し、ときに聞きかじったおとなの世界の話を噂し合った。
 戦後の困窮の時代、子どもの玩具はなかった。あっても買ってもらえる子は少なかった。男の子は六、七歳にもなればポケットに肥後ノ守ナイフをしのばせていて、それで遊び道具や玩具を自分で作った。竹馬、こま、竹トンボ、竹鉄砲、石鉄砲、パチンコ、弓矢、凧、糸巻き戦車、笛など、ありとあらゆるものを作って遊んだ。こどもたちは駄菓子屋で買った安価な肥後ノ守を研いで切れ味を自慢し合い、自作の玩具で技を競い合った。そうした遊び道具や玩具は、年長の子のを見て、自分で創意工夫をした。親の手が入っているものは仲間内で軽蔑された。」

「こどもたちは、既存の遊びやルールにこだわらず、自分たちで自由勝手に変え、新しい遊びを作り出した。野球は、人数がたりないときや、狭い路地でやる際には、三角ベースにしたり、一塁ベース代わりの電信柱やゴミ箱を触って本塁に戻ったりした。ホームランを打つとアウトになったりもする。
(中略)ベーゴマ、メンコ、ビーダマ、ケン玉、こま、竹馬、たが回し、駆けっこ、相撲等々、こどもたちにはどれか一つは誰にも負けない得意技があり、勉強ができなくても、それだけで仲間から一目おかれた。
 路地や空き地はいつでもこどもたちの明るい完成や笑い声が響き、元気に育つことだけを願った親の目を細めさせた。
 あの悪しき時代に、こどもたちは天真爛漫に育った。男の子はどの子も虎刈り頭に洟テカ、ツギだらけの服にゴム短靴という格好で徒党を組み、町を闊歩した。ときには危険な遊びをして生傷の絶え間がなかったが、赤チンは男の勲章だった。親もまた、おとな社会とこども社会に明確に一線を画し、無遠慮に立ち入ることはしなかった。こどもが怪我をさせられてきても、相手の家に怒鳴り込むようなこともしなかった。こども社会には、おとな社会に比する集団のルールがあることを心得ていたし、親自身もそうやってこども時代をすごしてきた。」

「決して豊かではなく、いい時代ではなかったが、溢れんばかりの家族の愛情と絆があり、こどもの創造性に富んだ遊びと自由がふんだんにあった。
この本は、三十数年の年月をへだてたこども時代の記憶をたぐりながら、描き加えていったものだが、あらためて、こどもの遊びの数の多さに驚かされる。そして、同時に、自分たちが子を持つ親になったいま、こどもたちの創造性を熟成させる遊びや、自由な時間の少なさに気付いて驚愕する。
こどもの特権である、活気に満ち眩しいばかりに熱い時代は、遠い記憶の中にしか存在しないとしたら寂しいことである。それは単に感傷に過ぎないのだろうか。むしろ、そうであってほしいと願わずにいられない。」

自分たちが子どもだった頃は、どうでした?
今の子たちの環境は、当時と比較してどうですか?

なんで学童保育の指導員をしているのか?その38に続く
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by hoshimasato | 2011-08-21 23:15 | 学童 | Comments(2)
なんで学童保育の指導員をしているのか?その35―なんで行動できないのか。なんで連帯できないのか。の続き。

さて、ずいぶん間も空いてしまったのだが、「なんで学童保育の指導員をしているのか」シリーズ再開ということで、放課後についての話をしていきたい。
前提として、僕は今の子どもたちの放課後のあり方に、多くの問題を感じている。
今の子どもたちの放課後について考える時は、自分が過ごしてきた放課後と比較すると考えやすいので、自分の話をしてみる。

小学校1、2年生はおもに足利で、
3,4年生は主に宇都宮で、
5年生以降は大田原で暮らしてきた。
それぞれ、どんなことをして過ごしてきたかを書きたいと思う。

小1、2の足利の相生小学校時代
・自転車あるいは徒歩で地域をうろうろ
・塀の上を渡って探検
・100円もらって駄菓子屋へ行く
・学校に行き、いる人と遊ぶ(上の学年と一緒に遊ぶことも多かった)
・友人宅へ遊びに行き、漫画を読んだりゲームをしたりする(ファミコン)
・ドブでザリガニ釣り
・基地作り(公園の木の上)

小3、4の宇都宮の桜小学校時代
・自転車で地域内をうろうろ
・100円もらって駄菓子屋へ行く
・宇都宮女子高(の近所に住んでいた)にいき、1on1か2on2で延々サッカー。
・学校へ行き、いる人と遊ぶ
・友人宅へ遊びに行き、漫画を読んだりゲームをしたりする(スーファミ)
・駄菓子屋に行く

小5、6の紫塚小学校時代
・自転車で地域内をうろうろ
・自転車で遠くまで行く
・100円もらって駄菓子屋へ行く
・友人宅へ遊びに行き、漫画を読んだりゲームをしたりする(スーファミ→プレステ、ゲームボーイ)
・大田原高校やたんぼでサッカー、フリスビー、ドッジボール
・ミニ四駆、ヨーヨー

大田原中学校時代
・友人宅で漫画を読んだりゲームをしたりする(ゲームボーイ、プレステ、ニンテンドー64)
・ギターを弾く
・カードゲーム(マジックザギャザリング、ポケモンカード)

パーっと思いつく限りあげてみた。
これは、1984年生まれの僕が成長してきた90年代の放課後の過ごし方だ。
僕はひとりでいたわけではないので、それなりに多くの同世代が似たような放課後を過ごしてきたのだろうと思う。

僕が成長していく過程にも、それ以前からもそれ以降も、変化は続いている。
書きながらまとめているのだけれど、大きく以下の4つの変化があった様に僕は思っている。

①遊びの商業化
②遊び集団の喪失・遊び文化の衰退
③子どもたちの安全に対する意識の変化
④子どもたちの居場所の喪失

こういったことがパラレルに、時に絡み合いながら起こってきて、今の子どもたちの環境が作られてきた。

続きはなんで学童保育の指導員をしているのか?その37
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by hoshimasato | 2011-08-11 03:26 | 学童 | Comments(2)
大田原の学童保育についての話をしたい。

大田原市では、学童保育に子どもを預けている保護者と担当課(こども課)との懇談会を持ってくれている。
その場で、保護者さんたちは保護者の総意としての要望をこども課に伝えてきた。

去年、市長が千保一夫市長から津久井富雄市長に変わった後、うちの学童の保護者さんや指導員仲間と共にタウンミーティングに参加し、「市長との懇談会」を要望したところ、保護者と市長の懇談会を年三回も持ってくれることになった。
その懇談会には市長と、保護者さんと、担当課の職員さん方が参加する。

その懇談会が行われることが決まったあと、市内の全部の学童に連絡をし、会議→要望書作成を繰り返す中で、大田原の学童の問題点や、持っていくべき方向がある程度見えてきた。

ただ、担当課との懇談会にも、市長との懇談会にも、現場にいる指導員は参加させてもらえない。
当事者(子どもと、実際に子どもたちと向き合う指導員)の声も、直接聞いてほしいし、話に加わりたい。
保護者と行政と指導員と、みなで学童のことを考えていきたい。

僕にはそんな思いがあって、「懇談会に参加させてほしい」と頼みにいった。
そうしたらこども課の職員さんに「それは無理ですね」と言われた。
理由はこうなります。

市は学童保育を運営委員会に委託している。
その運営委員会が僕ら指導員を雇用している。
学童保育館の中に問題点があるのであれば、まず、指導員が共通認識を持ち、指導員の中で解決し得ない事は、主任指導員を通して館長にあげる。
館長が必要だと思ったら館長が運営委員さんを集め、運営委員で解決し得ない問題であれば、運営委員会の総意を館長が市に伝え、そこでやっと市の担当課が考えると。
確かに、理屈で言えば、もっともである。

僕は、大田原市の指導員の待遇があまりにも悪い(公設民営で主任指導員月95000円、指導員90000円、一年雇用なので昇給なし。民設民営はそれ以下。)と思っている。
「学童保育の質は、指導員の質。」
人一人が食っていけないという待遇の低さは、学童の質に直結すると思っていて、そこは何とかしていきたい。
僕は、学童保育指導員だけをして食べていける人が出てくれば、学童の質は向上すると確信している。

このような問題意識にそって、僕が市の担当がいうような「あるべき形」で学童の仕組みを変えていこうとすると、
①周りの指導員に今の待遇では子どもたちを質の高い保育をするにあたって不十分だという意識を持ってもらって、
②指導員の考えが一致したら館長に相談して年に1、2度しか集まらない運営委員を集めてもらって、それぞれの委員を説得し、
③運営委員会の考えが一致したら市のこども課に伝えて、
④こども課なり、その上の保健福祉部なり、その上の市長が「それは改善するべきだ」と判断してやっっっっっっと変わると。

どこまで手続き踏まなきゃいけないんだよ。正直げんなりします。
相当頑張ってやってきたつもりだけれども、そもそも①がクリアできない。
メインの理由は扶養控除という強靭な壁。前にも書いたので、リンクを貼っておく。

「なんで学童保育の指導員をしているのか?⑲」
「なんで学童保育の指導員をしているのか?その⑳」
「なんで学童保育の指導員をしているのか?その21」

かなりハードル高そうでしょう?
仮に他の指導員さんと合意が得られても、次は②運営委員さんの説得。保護者会長さん、自治会長さん、ここら辺までは頑張れば説得できるかもしれないさ。ただ、運営委員会には「こども課長」も入っているんですよ。

これは4年生以上の受け入れの話なんだけれど、ある学童の指導員さんが『人数が少ない年に、4年以上の受け入れをしてもいいか、とこども課に話にいったら「運営委員会にかけろ」と言われ、運営委員会にもっていったらその運営委員に課長が出てきて「それは無理です」といってつぶされた』というような話もある。

仮に運営委員会を潜り抜けたとしてもその先がこども課…。
ひとつの学童の運営委員からそういった声があがって来ても「そういっている学童もある」ということだけで済ませてしまうことも簡単。
つまりはこども課や保健福祉部や市長がその気にならなければ何にもならないってことだ。
なんだか釈然としない。

この強固なシステムの内部から自分と反対の考え方の人をひとりひとり説得していくよりも、
自分と近い考え方の保護者さんたちと手を組んで、民意として市の考え方を変えてもらうことの方が簡単なのじゃないかと思ってしまう。
あとは、足しげくこども課に通ってこども課の方の認識を変えてもらうことだろうか。
(多分実際は両側からのアプローチが必要なんだろう)

大田原市では教育に力を入れている。
学校の中には、他の市よりかなり多い数の加配教員・指導員がいる。
こどもの学習や学校内の生活を支えることは、素晴らしいと思います。
ただ、放課後に対するまなざしが足りない。
学校の外の子どもたちの生活を支えることが、どれだけ学校の中の子どもたちを支えることにつながっているか、という視点が抜け落ちている様に僕には感じられる。

この現状は本当に悲しく、これを変えていく道のりは本当に苦しいけれども、本当に何とかしていきたいことなのです。
折れそうになりながらも、保護者さんや意識の高い指導員さん、他地域の指導員さん達とのつながりを心の支えにし、何とかやっています。

粘り強く、しつこくいきたいと思います。
今学童にいる子どもたちのため、
自分の生活のため、
これから学童に入ってくる子どもたちのため、
これから学童に入ってくる指導員さんの生活のために。
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by hoshimasato | 2011-06-29 03:08 | 学童 | Comments(15)
大田原市の市議会議員、八木英子さん(http://hideko.yze.jp/)のご好意でガイガーカウンターを貸していただき、
今日学童で放射線量を測定しました。
僕のいる学童は学校内にあり、遊び場が学校の敷地なので、学校の校庭も測ってみました。
これから用事があるので、取り急ぎ、数値報告します。

測定機材 ガイガーカウンター TERRA-P(ECOTEST社)
測定日時 2011年6月18日13:50〜15:20
測定場所 紫塚小学校校庭•中庭、紫塚児童クラブ内などおよそ30箇所
測定高さ 50cm
天気 雨

数値は全てマイクロシーベルト毎時

【紫塚児童クラブ】
保育室中央 0.14
保育室隅① 0.18
保育室隅② 0.13
プレイルーム 0.20
事務室 0.14
外、雨どい付近 0.48
外、渡り廊下 0.21
外、トイレ裏 0.30

【紫塚小学校】
校庭中央 0.30
馬跳び用タイヤ付近 0.27
築山土管の中 0.19
築山上 0.28
体育倉庫裏 0.37
体育倉庫脇トイレ内 0.15
旧校舎前砂場 0.25
中庭中央 0.30
うさぎ小屋裏 0.37
旧校舎裏雨どい①付近 0.88
旧校舎裏雨どい②付近 0.50
旧校舎裏雨どい③付近 0.37
渡り廊下脇 0.15
中庭U字溝上 0.37
ビオトープ前 0.32
理科室裏付近 0.23
ジャングルジム付近 0.32
ブランコ付近 0.27
鳥小屋脇 0.24
倉庫雨どい付近 0.34
体育館前 0.36

あくまでど素人がボタンの押し方だけ習って計測した値です。
でも高い数値に驚きました。

この数値をどう読み解くべきか、意見のある方はコメントなり、メールなり、リプライなりください。

星雅人
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by hoshimasato | 2011-06-18 18:50 | 学童 | Comments(6)
こういったことについては以前にも
http://utsusemifo.exblog.jp/13344159/
http://utsusemifo.exblog.jp/13345251/
http://utsusemifo.exblog.jp/13359921/
あたりで似たようなこと書いた。
様々な問題は自分から等距離にあって、どの問題にコミットメントして行ったらいいかがわからない。
世の中にある様々な問題に対して自分がアクションできない事の気まずさ、知っているのに行動していない罪悪感のようなものを感じて、それでバランスを失う。

センチメンタルすぎる?だったらまず行動してみろ?
わかってる。
それができないから悩んでいた訳です。

なんで行動できないのか?
なんで連帯して問題解決ができないのか?

中学や高校の生徒会活動なんかを通じて、自分や同世代の友達の中に、「連帯する」ということの難しさを感じていた。
全共闘世代の昔話を聞くと、高校や大学がどういう場所であるべきかをそこにいる人たちがそれなりに真剣に(ファッションだったということもあるだろうけれど)考えていたんだろう。
それは世界のあり方がどうあるべきか考えることとも繋がっていたんだろうと思う。
上の世代の失敗(?)と、僕らのそれなりに満ち足りた環境で、僕らの世代は牙を抜かれたのかなぁ・・・などと思っていた。

自分の中にも、安易な連帯に対する違和感はあった。
何かひとつの団体に関わると、そこで歌われている「当然こうあるべき形」みたいなものに対しては常に斜に構えてみていた。きっと必要以上に。
政治に対する無関心もそう。
自分たちの生活が政治の手によってよくなる、という期待をしたことはなかったし、
そもそも大学くらいまでは自分の中に政治に対する期待がないということを意識したことすらなかった。
おそらく多くの若い人は、自分の境遇を社会のせいにしておらず、
「自己責任」を強く内面化しながら生きているんだと思うんです。
高校受験や大学受験も、就職も、人生が大きく変わる選択は、自己責任だった。

・・・ちょっとバラッとしてきたし、かなり感覚的でいい加減なことを書いているという自覚はあるので、
アクションが起こせないことや、連帯できないことについては他にもいろいろ思うところがあった、とだけにしておいて、本当に話したい部分に話を戻したい。
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by hoshimasato | 2011-02-08 01:04 | 学童 | Comments(3)
よしきくんを救う会のHPによると
http://yoshikikun.blog133.fc2.com/
によると、よしき君は無事手術を終え退院し、通院しながら経過を見ているらしい。
よかった、と単純に思う。

僕はこれからのよしき君や、よしき君の両親、救う会の動きがとても気になります。
どういう風に総括するんだろうか。今後の人生をどうやって生きていくんだろうか。


さて、彼らのことは彼らのことで一旦置いて、自分と世の中の問題について考えてみる。
募金した時点で満足して、自分の中にある違和感に忠実でいなかったら、前回、前々回書いたようなことまで知らずに、意識から消えていた。
あるいは、「渡航して治っても結局誰かは死ぬ」ということを知った時点で虚しい気分になって、「募金なんて・・・」という厭世的な気分になってしまっていたかもしれない。
だから、何か問題が見えたら、違和感に忠実に、問題を掘り下げていくことが必要だ!
しっかり考えなくちゃ!

・・・と思っても、それが難しい。
自分は当事者ではないけれど、問題だ、と思うことが、とても多い。
様々なメディアから、とにかくどんどん情報が入ってくる。
そもそもこの情報量の中にあって、流れてくるニュースの一つ一つを全部自分なりに整理して、行動するなんてできっこない。
でも前も書いたように、世の中の多くの出来事と自分の生活がゆるーく繋がっていることだけは見えてしまっている。
(こういう思いになっている若い世代って多いんじゃない?こういうことをテーマにした歌やマンガが増えている気が)

そういうものの中でバランスが取れなくなるようなことは多かった。

続く
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by hoshimasato | 2011-02-04 03:48 | 学童 | Comments(4)
市議会の中で行われた、学童についてのやりとりです。
以下は、大田原市のホームページ、議会の映像ライブラリ上にある、平成22年第7回定例会第3日目(一般質問・12月13日に行われたもの)の中で、学童に関係ある個所を、星が抜粋し文字起こししたものです(公式記録ではありません)。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

本澤節子議員
 「9番 学童保育について
1、保護者の負担費用を軽減してほしい
2、指導員の待遇改善で、指導員の生活保障をしてほしい
3、希望者は6年生まで預けられるようにしてほしい」

市長
 「次に、学童保育についての(1)、保護者負担の軽減のご質問にお答えさせていただきます。子ども課において所管する放課後児童健全育成事業については、児童福祉法第6条第2項の規定に基づき、保護者が労働等により昼間家庭にいない小学校に就学しているおおむね10歳未満の児童に対して、授業終了後に、小学校の余裕教室、児童館等を利用して、適切な遊び、及び生活の場を与え、その健全な育成を図るものが趣旨であります。また対象児童につきましては、保護者が労働等により昼間、家庭にいない小学校1年生から3年生までの就学をしている児童であり、その他健全育成上指導を要する児童、いわゆる特別支援学校の小学部の児童及び小学校4年生以上の児童を加えることができるものとなっております。
 市内には公設民営館が9館、民設民営館が4館、合計13館の放課後児童健全育成事業対象の学童保育館があり、6月1日現在、公設民営館が368名、民設民営館が97名、合計465名の児童が利用している状況であります。市からは公設民営の学童保育館に対し運営費委託料を、民設民営の学童保育館に運営費補助金を交付して、学童保育の実施につとめているところでございます。公設民営の学童保育館は、運営委員会を組織をし、運営委員会が中心となって、市からの委託料と、保護者からの保育料で運営をしております。保育料については一ヵ月1人当たり6000円となっており、平成22年度当初予算の委託料は3943万5000円、保育料が2668万800円となっており、運営費の負担割合は市が59.7%、保護者が40.3%で、おおむね6対4の割合になっているような状況であります。国においての負担割合の見解については、市と保護者が折半することが望ましい、との見解が示されておりますので、保護者負担費用の軽減については、市が運営委員会に対し、学童保育業務を委託していること、また平成22年度の負担割合も市が6割、保護者が4割となっている状況から、市として考えておりませんので、ご理解のほどをお願いしたいと思います。
 次に(2)、指導員の待遇改善で生活保障を、とのご質問にお答えさせていただきます。公設民営の学童保育館の指導員は、6月1日現在、全体で26名、パート勤務の臨時職員が20名おり、児童の指導に当たっているところであります。指導員の報酬につきましては、平成20年度に、主任指導員の賃金を月額8万5000円から9万5000円に、指導員の賃金を8万円から9万円に増額したところであります。合わせて、通勤賃金の支給、雇用保険、労災保険に加入するなど、待遇面での改善を図っているところでございます。
 次に(3)の、希望者は6年生まで預けられるようにとのご質問にお答えさせていただきます。国が示す放課後児童クラブガイドラインでは、放課後児童健全育成事業における学童保育館の規模は、1館当たり40人程度、児童一人当たり1.65㎡以上の面積を確保することが望ましい、等の基準が示されております。市内における学童保育館の状況は、1年生から3年生の児童で、定員を満たしている状況でありますが、4年生ともなれば、親離れ、自立等にめざめる時期でありまして、市といたしましては、4年生以上の児童については、積極的に部活動を推進しているところでもありますので、施設の新設・増設等は考えておりませんが、国において、新育児施策、子ども・子育て新システムの検討会議の中で、学童保育についての運営方法、位置づけ等の検討がなされていることから、国の動向を見守ってまいりたいと考えております。」

再質問(本澤節子議員)
 「2点目は学童保育でありますが、今学童保育に子どもを預ける方が減ってきている、保育料が高いと、1か月6000円というのは、本当に大変です。今、私の子どもも中学校に行ってますが、1か月6000円から8000円の、あ、子どもじゃなくてごめんなさい、孫です、行ってますが、1ヵ月6000円から8000円の負担というのは、家庭にとって大変なものです。したがってこの改善と、それから指導員の中にはですね、若い青年がですね、指導員に夢を持って対応している、これに対して扶養、ということを、税的な処遇を考えて、1か月8万とか、9万とかという給料ではですね、家族を持てないです。で、やはりこういう問題はよその市町村をみればですね、きちんと払っているという地域もありますので、十分検討していただきたいと思います。」

保健福祉部長
 「ただいまの再質問、学童保育の保護者負担金6000円につきましてはですね、厚労省の見解、先ほど市長の答弁でも申し上げましたが、市の負担と、保護者負担が5対5となるように、ということで指導があるんですけれども、現在は実質6対4ということで、市の方の負担が大きくなっております。ということで、先ほども申し上げました通り、この6000円という数字につきましては、今のところ引き下げる考えはございません。それともう一つ、指導員の賃金ですけれども、先ほど申し上げましたが、20年に、月額8万5000円から9万5千円、それと、一般指導員は8万円から9万円増額した。あわせて通勤賃金の支給を行い、雇用保険、労災保険に加入するなどで、の改善に努めておりますので、今のところその流れを変えるつもりはございません。以上です。」

再質問(本澤節子議員)
「学童保育についてですが、青年がですね、働く中で、8万5000円、9万5000円という月給プラス、9万円の保障があったにしてもですね、非常に、これは、私は家庭は持てない金額だと思います。しかしながら子どもの文化をなんとか、子どもと一緒に作りたいという、そういう方たちが、若い方たちがいる以上ですね、きちんとした対応を考えていただきたいと思います。以上です。」
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by hoshimasato | 2011-01-22 16:28 | 学童 | Comments(0)
その後、「募金が集まれば渡航して臓器移植の手術は行えるが、外国でも同じように心臓移植手術を待っている人がいて、順番待ちの列に横入りするようなことになってしまう」という話を聞いた。

列に割り込ませてその1人が助かっても、結局列の後ろの方の1人が助からない。
それじゃあ意味ない。
他の国の人の命を金で買ってるようなもんじゃないか。
となると、問題はむしろその手術が日本で出来ないことなのではないか。
そこをクローズアップせずにいたら、よしきくん1人の命が助かったところで、何も変わっていかない。
なんだかすこし虚しくなる。募金活動していた人たちはこういうこともしっているのかなぁ、と気になる。

僕もものすごい興味があったわけではないので、わざわざ細かく調べることはしなかったけれど、気にかかることだったので新聞やらテレビやら、誰かから聞いた話やらから少しづつ情報は得ていくことになる。

現時点で、一番しっかりこの問題について書いてあると思っているのは、国立循環器病センターの名誉総長川島さんという人が書いた文。HPなのでURL載せます。
http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/pamph54.html

日本は提供される臓器が少ないこと。死生観の問題、法の問題。
そういう問題だったのか!と驚いた。

皆の財布の中にあるお金でよしき君が救える、というのは事実だ。
でも、今後よしき君と同じような子を救いたいならば、本当に考えなくてはいけないことは、
「自分が脳死になった場合に臓器を提供できるか、大切な人が脳死になった場合に臓器を提供するのを許せるか」ということになるんだろう。

続く
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by hoshimasato | 2010-12-20 23:59 | 学童 | Comments(0)
街頭募金の目的のトップはもちろんお金を集めることなんだろうけれども、それだけではなく、「こういう問題があるんだよ!」ってことを多くの人に知ってもらうために行われるんだろう。

僕はその街頭募金をきっかけに拘束心筋症を知った。
50万分に1人。それが拘束型心筋症の人の割合らしい。

50万人子どもが生まれたら、その中に1人くらいは拘束型心筋症の子がいる。
となると、1人や2人はそういう子がいる。
そういった子を救うためには、毎年毎年誰かが募金を集めなくてはいけない。
うーむ。
とすると、募金もさることながら、そういう子のところにお金が行くようになる仕組みを整えるべきなんじゃないのか。
でも、他の病気でもそれくらいのお金を出したら助かる人はいっぱいいるのかも。拘束心筋症だけ特別扱いは出来ないのかな?病気に限らず、同じお金使うなら救える命が他にもあるのでは?
そもそも、医療技術の進歩にしたがって、昔は死んでしまっていた人も生きられるようになったけれど、どこまでやるべきなんだろうか?(自分の身近な人がなってしまったら何としてでも助けたいと思ってしまうだろうから、そういう状況になる前に考えなくてはね)

と、まあそんなことをぐるぐると考えるわけです。でも細かく調べはしない。
その場ではよしきくんに助かってほしい気持ちはあるから、とりあえず小銭を入れる。
でもなんというか釈然としない気持ちがどっかに残ったままでいることになる。

続く
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by hoshimasato | 2010-12-19 23:59 | 学童 | Comments(0)