大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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祖父の通夜と葬式と俺の遺言

18日、祖父の通夜があった。
お坊さんがまず「私語が多すぎる」という説教をかましてから通夜に入ったので、俺は内心腹が立った。通夜の最後でも言えるだろうが。
母に言わせれば「それも大事なこと」らしいが、孫一同(俺ら)はみんな坊さんに反感を持った。
孫一同は、俺と同学年のいとこが一人いるだけで、後はみんな年下。
子供は素直。
通夜のあと、「最初と最後のお坊さんの動作が面白くて笑いをこらえていた」などと話していた。
俺もそう思う。拝む手を作って3回スクワットをするような動作。
ちょっと面白い。
儀式というものは同じ価値観の中にいないとなんと間抜けなものかと思う。
罰当たりだけど、そう思う。
けど祖父は真言宗で、お経のおかげであの世にいけるのならそれはありがたいものだ。

みんなが帰った後、祖父にとっての子と孫だけで同じ部屋に泊まった。
ギターを弾いて歌ったりした。
祖父の写真を額縁に貼って、孫みんなで折り紙で鶴を折ってメッセージを書いた。
大量のブラックジョークが飛び交った。
でも、それはみんな祖父が好きだったから口に出来ることだとありありと分かったので素直に笑うことが出来た。
まあ、一番ブラックジョーク言ってたの俺なんだけど(苦笑)


19日、祖父の葬式。
昨日みんなで面白いと話していたお坊さんの動作から葬式が始まったので笑いを堪えるのに大変だった。
笑いを抑制されている状況下というのはどうしてこうも笑いを増幅させるのだろうか。

俺にとって悲しいのは祖父にもう会えなくなること、祖父と話が出来ないこと、祖父の笑顔が見られないことにある。
葬式の大まかな流れは儀礼的なものでしかなくて、ホントの言葉ではない弔辞も、悲しみを誘わなかった。
でも、400人位の参列者が訪ねてくれて、祖父は多くの人に愛されていたんだと思った。
それが、ある程度形式的な参列だったとしても、ありがたいと思った。

最後の別れで棺を開けた祖父の顔を見たら急に込み上げる涙と嗚咽を止められなくなった。
うっすらと目を開いているように見える祖父に、「もういいんだから、ゆっくりと休んでいいんだから」と声をかけて、まぶたをを閉じさせる母親と叔母。
今書いてても涙が出てくる。

火葬場に入るところまで見送って、俺は東京に帰った。

戒名は「建学院輝捷篤剛居士」。
この名前を貰うためにウン十万という話を聞いた。なんだか、よく分からなかった。
死んだ人に名前をつけてもらって、ウン十万。
ありがたいことだと思うし、祖父にとっては良いことなのだろうが、俺が死んだ時にはそんな名前はいらないと思った。
宗教を持たないと葬式は出来ないのだろうか?
俺は宗教は持たない。
家としての宗派はあるのかもしれない。
俺が死んだらどんな葬式が成されるのか。
祖父と同じく、真言宗なのだろうか。

宗教の葬式は、ある程度定型がある。
言うならばマニュアル化されている。
遺族はお坊さんと式場の出す指示に従っていればいい。
それは、悲しみに暮れている遺族にしてみれば良いことなのかもしれない。

でも俺が死んだら、遺族親族および友人で、考えうる限り、一番楽しい葬式を開いて欲しいと思います。
最初から最後まで、お経の代わりに俺の好きだった音楽をながしたりして。
焼香も読経も弔辞もないとすると、何をしたらいいんだろうね?
俺もわからないけど、もう俺のために頭を使うことなんてなくなるのだろうし、とうの俺は使う頭さえ無くなっているのだろうし、残った人で出きるかぎり頭をしぼって考えて欲しい。
俺にもっともふさわしい葬式を。
マニュアル化されたありがたい宗教なんかに頼らないで。
そう、強く思った。

俺の家族はこのページしらないから、俺が死んだら誰かこのページを俺の家族に教えてあげてください。
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by hoshimasato | 2005-02-22 01:40