大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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大田原高校の85km強歩。・・・昔参加して、今応援して、考えたこと。【後編】

大田原高校の85km強歩。・・・昔参加して、今応援して、考えたこと。【前編】の続き。

85km強歩は1986年に、創立85周年を記念してできた行事だという。
ウィキペディアの強歩大会の項を見てみたところ、現在行われている高校の強歩大会の中では、日本一の長さのようだ…。
男子校だからできる所業である。

僕も高校の時に3回体験している。
「85kmも歩かせるなんて、馬鹿げた行事だ」と言うようなことを口では言っていながらも、近づくとどこかしら楽しみにしていた。
1年の時はまだ運動部に入っていたのでまだ大丈夫だったが、その後部活を辞め、少し太ってからの強歩は本当にキツかった。
マメができたり、関節が痛くなったり、足の裏が痛いなんてのは当然だけれど、
またズレ、ケツズレの痛みはかなりものがある。
汗でふやけた皮膚と皮膚がこすれて、赤くはれてしまうと、一歩歩くごとに傷口と傷口がこすれる痛みを感じる。
ちょっとガニ股のような歩行をしてる大高生がいるが、あれはまたズレ、ケツズレの痛みを軽減させるためなのです。
あれはなかなか他のことでは味わえない…。

今になって思うと、強歩をしたことによって得たものは確かにあった。
自分の身体と精神状態というものがこんなにもリンクしているのかということに気づかされたり、
あれくらい肉体的に辛い経験は他にはないので、多少大変なことがあっても、「強歩を思えば・・・」と思って頑張れることもあった。

ただ、体験というものはそういう性質のもので、どんな辛い体験からも学ぶことがある。
自分がそこから学べたからといって、それをまた行うべき、続けていくべきというのは安直すぎる。
かといって、僕は強歩をやめろと言いたいわけではない。
二日間応援してみて、「もっと大高生たち自身の強歩を作れないものか」というような気持ちになったので、そういった部分のことを書きたいと思う。

今までは、木曜日と金曜日の二日で行われていたものが、今回金曜日と土曜日の二日間になり、月曜日が代休になった。
理由は、保護者の負担だそうな。①でも書いたが、強歩にかかわる保護者の負担は、結構大きい。普通の保護者もそうだが、役員さんともなると2日連続で強歩にかかわる人もいるらしい。
そういった人たちが二日仕事を休まなくて済むように、という配慮なんだろう。

「うん、二日で歩いて、二日休みで変わらないなら、保護者の負担が少なくなっていいんじゃない?」と思われるかもしれない。
だが、違う。大高生にとって、ゴールが金曜日と土曜日ということの差は、ものすごく大きい。
その違いは、大高という空間で3年間を過ごし、強歩を3回歩いた者にしか分からない。

ゴールも近づいてきて、残り数キロというところで、
大田原女子高という女子高の前を通る。
そこで、大女高生が応援してくれているのだ。
そこを、いかに前の方で、いかにカッコよく毅然と歩くか。
「それでモテるわけでもないし、そんなこと馬鹿げている」と思いながらも、「かっこつけたい」のが男子高校生なのであって、人によってはそれが強歩のモチベーションのうちの多くを占めたりしている。

ああ。なんと悲しき男子高校生。
そんなちっぽけな喜びさえも、「大人の都合」で奪われるなんて。

あえて言わせてもらうと、強歩という行事は、コースや休憩所などのことは、全て先生や保護者や地域の人にお膳立てしてもらって、大高生は、「歩くだけ」である(少なくとも僕が高校生の時はそうだった。)
85kmという“与えられた苦難”を、意味など考えることなく乗り越える。
そうすれば、乗り越えたということに、意味がくっついてくる。
うーん、進学校にはとても有意義なメンタリティが育てられそうです。

僕は、今となっては大高での3年間に感謝をしているが、
「ありえたはずの3年間」と比較したときに、釈然としないものが残る。
学校からは、ただ「勉強すればいい」というメッセージを伝えられ、世の中から隔離されていたように感じる。

個人的な恨み(?)もある。
ギター部を作ろうと思い校則にある人数を集めて持って行ったが、誰も顧問についてくれなかったことや、有志で行う音楽活動に対して、非協力的すぎる姿勢。
自動販売機の設置を求めたときも生徒総会で過半数の賛同を得たのに、「学校というのは非日常的な空間だから」という理由で校長から却下されたこと。
自分たちから何かを変えていこう、と動くことを嫌う、保守的な場所だった。

僕は、今の子どもたちに必要なのは、
「自分たちの生活を、自分たちの手で、自分たちにとってより良いものに変えていく力」
だと思っている。
そういった力は、「今はとにかく勉強をして、大学に行ってからやりたいことをやればいい」という性質のものではなく、成長に応じて、徐々に広げていかなくてはいけないものなのだと思う。
まずは身の回り→家庭やクラス→学校→地域→地方自治体→国→そして世界へ。

ちょっと熱くなりすぎですね。
でも、僕は、年頃の男の子たちをただ学校に閉じ込めて勉強させるだけではもったいないと思う。
大学に行ってみたら、素晴らしい学校祭を作り上げて、部活仲間と3年間頑張って、女の子と恋愛もして、なおかつ同じ大学に来ている、というような人がざらにいるわけで。

伝統には、自分たちの色を加えて次に受け渡していけばいい。
強歩だったら、例えば仮装して歩くことを許可するとか、今の世の中なら、携帯でツイートしながら歩くとか、かく休憩地点にカメラを置いたり、カメラ担当がいて全行程をユーストするとか。
大高生たちだったら面白いこといろいろ考えつきそうなものだけれど。

長くなりました。
大高生が読んでくれていたら、是非コメント残していって欲しいものです。
君たちは何考えてる?
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by hoshimasato | 2011-05-28 00:41 | 大田原 | Comments(0)