大田原市議会議員、ほしまさと(星雅人)のブログ。子どもの味方、学童保育指導員。「多様性」と「対話」を大切にし、ともに社会課題を解決する市政を目指し奮闘中。


by hoshimasato
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誰が世界を変えるのだ?-子どもを黙らせる大人たちへ

おやすみ世界にアップした文章です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ある日、学童で起こったことから、おやすみ世界へ。

僕が働く学童では、毎月地域の語り部のおばあさんが来て、読み聞かせをしてくれる。
子どもたちが何を言ってもおっとりした返事をしてくれる、優しいおばあさんだ。

だけど、子どもたちに「今日は読み聞かせだよ」というと、
子どもたちからは「えー、読み聞かせかぁ」という反応が返ってくる。
「遊ぶ時間なくなる」「話聴きたくない」という声が聞こえる。
というのも、普段ならおやつの時間まで40分くらい遊べる時間が、
読み聞かせのときは20分くらいになってしまうから。
ただでさえ授業が増えて遊ぶ時間が減っている子どもたちは嫌がる。

その日の読み聞かせは、ちょっと荒れた。

おばあさんが読んでいる本の「絵が見えない」といって立ちあがる子が何人かいて、
立ちあがった子のせいで、それより後ろにいる子がまた見えなくなり、
多くの子どもたちが座っていた場所から移動しだす。

「見えなくても話だけ聞いていればいい」といって、
おとなしく僕の膝で聞いていたら、眠ってしまう子もいる。

他の指導員は、それが気に入らないようで、
「起きなさい」といって腕を引っ張り、無理やり起こす。
僕の膝が埋まっているのを見て、違う先生を求めてくっつきにいった子を追っ払う。

確かに、騒々しかったし、ごちゃごちゃしていた。
おばあさんも、気持ちよく読んではいなかったかもしれない。
おばあさんには失礼だったろう。

読み聞かせが終わり、おばあさんが帰った後に、
指導員の一人が子どもたちにこんなことを言いました。

「先生は恥ずかしかったです。
わざわざおばあちゃんが本を読みに来てくれているのに、
立ちあがったり、うるさくしたりして。
眠くもないのに寝たふりしてる子もいます。
読み聞かせをしてくれているんだから、
ちゃんと座って静かに聞きなさい。
みんな、お話聞きたくないの?聞きたくない人は手をあげなさい」

誰も手をあげませんでした。
あんなに「聞きたくない。もっと遊びたい」と言っていたのに。


子どもたちは、何を考えているか。

「黙るんだ。本音を隠すんだ。大人が与えたものをありがたく受け取るふりをするんだ。
納得はいかないけれども、言ったところで何にもならない。だから黙るんだ。」

極論を言ってしまえば、こういうことだと思っています。


子どもの頃、この空気を作りだす大人が嫌いだった。
自由な発言を求めるふりをして一つの答えしか求めていない大人が。
自分が求める発言を「正解」としてその他の答えを許容しないのに、
それを自覚していない大人が。

僕はその空気に耐えられず、
「本当のこと言っていいよ。怒らないから、本当に思っているなら手をあげなね」といった。
子どもたちは、周りをキョロキョロ見渡して、お互いの顔を確認しながら、ひとりふたりと手をあげだした。
そして、最終的には、全員が手をあげた。

3年生の男の子は、
「聞きたいって気持ちもあるけど、あそびたいって気持ちの方が強い」
「5時より後ならいい」(冬は暗くなるので5時に外遊び終了だから)
と、小さい声で意見を言っていた。
僕は感心してしまった。

だが、質問をした指導員も、こうなることは予想していなかったようで、
「でも、おばあちゃんが読みに来てくれているんだから、静かに聞きなさい」
で押し通した。


大人は、問われない。
大人は強者で、権力者だから。

おばあさんも大人。
おばあさんの読み聞かせでは、目が悪いので本に顔をかなり近付けて読むので、
だんだん本が閉じてきてしまい、絵を見られなくなってしまう子どもたちが出てくる。
声も小さい。子どもが少し話すと声が消されてしまう。

でも、読み聞かせをしに来てくれているおばあさんのことを問題にするのは、筋違いというもの。
一番問題なのは、きっと指導員だから。

おばあさんの好意を、そのままの形で子どもたちに届けようとする努力が足りない。
読み聞かせの「場」は、もちろん指導員が設定している。
おばあさんの声が小さいことを知っているんだから、
30人を超える子に一度に聞かせようとしないで、半分ずつにしてもいい。
5時よりあとにしてもいい。

何より子どもたちとおばあさんに申し訳ないのが、読み聞かせが「つまらないもの」になってしまっているということだ。

そういったことを考えずに、大人は「大人の気持ちを考えなさい」を子どもに押し付けている。

もちろん、読み聞かせをしてくれているおばあさんの気持ちを汲んでくれる子には育ってほしい。
でも自分の気持ちを汲んでくれない人に、「思いを汲んで、思いを汲んで」ってにじりよられたら、「は?」ってなるのは当然。
まずは、大人が子どもの気持ちを汲んであげること。声にならない声を聞いてあげること。
そこからしか対話はできないのではないか。


その後のおやつの時に、3年生の中に入って話して「どうしたらいいと思う?」と聞いてみる。
「外で遊ぶ時間が短くなるから嫌なんでしょ?5時以降だったらどう?」と聞いたら、
「だってダメって言ってるじゃん、あの人たち」と言われた。
「あの人たち」という言葉に驚いた。
これが、大人と、子どもたちの距離だと思った。


「大人が世界を変えられなければ、誰が世界を変えるのだ。」

これはおやすみ世界のコピーだが、これには二つ意味がある。

大人が世界を変えられなければ、誰も世界を変えられない。
だから俺たちでやろうぜ。

このコピーを作った当時は、主にこっちを考えていた。
なんだか、うまいこと回ってないな、世界。と思って。
コミュニケーションをして、合意をして、世の中にあるクソみたいなことをひとつひとつ解決していこうぜ、と思って。

だけど、学童で働くようになってからは、こっちの意味の方が強い。

大人が世界を変えられなければ、誰が世界を変えるのだ。
それは次の世代の大人だ。つまり今の子どもたちだ。

多くの人が、考えてきたことで、新しくも何ともないけど。

自分の気持ちを考えてもらえないのに「人の気持ちを考えろ」と言われて育った子は、
きっと自分が強い立場に立った時、自分の気持ちを同じように誰かに押し付けるだろう。
押し付けられる相手は、弱い立場の人だろう。
弱い者に、強者の気持ちが押し付けられる社会。そんな社会がいい社会なはずがない。

おかしいと思ったことには、
自分の意見を言って、
相手の意見も聞いて、
違う人の意見も聞いてみて、
それらを考慮して合意をして、新たなルールや仕組みを作っていく。
そういったことを小さい頃から繰り返していけば、
「おかしいことは変えられるんだ」と思ってコミュニケーションをして、動ける大人になる。
そういった大人が、きっと世界を変えるのだ。

そう思っている。

僕に出来るのは、他の指導員とコミュニケーションをとり、
自分の気持ちを話して、相手の話を聞き、どこかで合意し、新たな読み聞かせの場を作ること。
まずは大人がやって見せなきゃね。
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Commented by パッキー at 2010-03-04 11:27 x
難しいね
バランスが大事だと思う

意見を言っても通らないどころか、意見を言ったことで被害を被ることってままある気がするんだわ。
まぁだから処世術として、子ども達が意見を言わないという選択肢を持つことは必ずしも悪いことではないと思う。

問題は、選択肢がそれだけになることだよね。
黙れば全て解決する。
言いなりになれば全て解決する。
これらは絶対に違う。

「おかしいことは変えられるんだ」という肯定感は持ってほしいんだけど、俺的には読み聞かせの時に騒いだり・寝たりすることを注意するのは必要なことだと思う。(過激な言い方をすれば子どもたちの行為は武力行使じゃね?)
読み聞かせが終わった後にそれを改善する場を持てばいいんじゃないかな。(自発的に子どもたちが持つのが理想だけど難しいだろうから指導員が設定するしかないかな)
件の指導員が押し付け通したことは評価できないけど、おばあさんのことを考えさせる必要は絶対あると思う。(指導員が押し付け通して子どもたちの意見が全く反映されない、黙殺され続けたとしたら子どもたちの行為はテロになるかな。だから話し合いの場を作ることは絶対に大事。)
Commented by パッキー at 2010-03-04 11:27 x
TPOってやつかね。何かを変えるときはある程度変わる前のものに従っておく必要はあるんじゃないかな。
何かを変えるには準備や手順が必要だと俺は考えるから。

時として大胆にやらないと通らないことはあるけどね。黒人の人権獲得みたいな。(これに関しては意見しないと自己の尊厳にかかわる話だっただろうからね。)
取れる手段にいろいろなバリエーションがあることを伝えていきたいと思ってる。


星みたいな指導員と、意見押し通しちゃう指導員がいる環境ってのはいいバランスな気もする。
Commented by 桜吹雪 at 2010-03-04 12:36 x
 一言で、びっくりです。子供たちをこんな風に指導する職員がいるんですね。子供たちに「聞きたいか?」と自由回答に見せた質問を行いながら、なかば強制的に「聞きたいです」とした回答を強要する職員の態度はマズイですね。職員は、ここから子供たちに生まれるストレス(思ってもいないことを言わされる)や不信感(大人はそこまで知っていて自分達に言わせている)をどの様に考えているのだろうか。その場さえ上手く納めれば良いと考えているのだろうか?この流れからは、何も生まれないと思いました…。

 学童のことは何も知りませんが、一言でいえば「理念」が甘いんじゃないかな?子供たちをどんな大人に育てるべきなのか、そのためには子供達に何を考え感じてもらうのが良いのか、そのためには職員がどう接するべきなのか、これをしっかり作り上げないとマズそうですね。これでは、注意されれば言うことを聞く子供達は作れても、大人が求める答えを見つけ出すのが速い子供は作れても、何かが足りないと思えました。
Commented by hoshimasato at 2010-03-04 14:10
>ぱっきー
>意見を言っても通らないどころか、意見を言ったことで被害を被ることってままある気がするんだわ。
>まぁだから処世術として、子ども達が意見を言わないという選択肢を持つことは必ずしも悪いことではないと思う。

うんそうだね。必ずしも悪いことではない。

>問題は、選択肢がそれだけになることだよね。

ほんとそう。

>黙れば全て解決する。
>言いなりになれば全て解決する。
>これらは絶対に違う。

「意見を言わないという選択肢」は、「意見を言うという選択肢」を身につけた後に学ぶ、第二のステップだと思うのね。
今は「意見を言わないという方法しかない」という状況を作りすぎていると思うのさ。

>俺的には読み聞かせの時に騒いだり・寝たりすることを注意するのは必要なことだと思う。

もちろんそう。俺も一声かけている。
ただ、大人ができてないのに(人が大勢いる場に行くと大人もそうなってるっしょ?)子どもの前で偉そうにガツンと言う、ということは俺にはできないので、
自分の言葉として「話、すっごく面白かったよ。おばあさんも○○ちゃんに聞いてほしかったと思うんだけどなぁ」と話しかけることしかできないかな。
Commented by hoshimasato at 2010-03-04 14:10
>ぱっきー

あとね、ここが、学校じゃなくて学童、ってのも大きいんです。
学校で5時間なり6時間なり、しっかり授業を受けて来た後の場なんです。
学童に来ない子なら、家でゴロゴロしながらおやつ片手にゲームでもしている時間なんです。
学校では、「先生の思い」を汲んで、家に帰れば「親の思い」を汲んでいる。
そんな子どもたちから自分たちの思いを言える場を奪ってしまったらどうなるのか。

あとね、学校から帰ってきたあとの夕方は疲れもあるだろうし、
外を走り回っていたら眠くはならないけど、座って話を聞いていたら眠くなる。
これは単純に共感できてしまうんですよ。
そういう姿勢がないのが嫌だった。

>おばあさんのことを考えさせる必要は絶対あると思う。

大人が子どもたちのことを考えて、いい環境を提示してあげられれば、
子どももおばあさんたちのことをしっかり考えてくれると思うんだ。
人の気持ちがまったく考えられない子なんて、少なくともうちの学童にはいないし。
考えさせる、といった時点で押し付けに寄っていってしまう気がするのよね。
Commented by hoshimasato at 2010-03-04 14:11
>ぱっきー
>TPOってやつかね。何かを変えるときはある程度変わる前のものに従っておく必要はあるんじゃないかな。
>何かを変えるには準備や手順が必要だと俺は考えるから。

自分が意図的にそれを変える前に、とりあえず従っておく必要はあるかもね。
変える準備や手順を自分でやれる大人ならそうでしょう。
でも子どもは自分の意見をまだちゃんと言葉で表明できないとこもあるので、行動として表したりする。
場合によっては、自分たちが求めていることを自覚していないこともあると思う。

>星みたいな指導員と、意見押し通しちゃう指導員がいる環境ってのはいいバランスな気もする。

そうかもね。でも俺みたいな指導員はあまりいないんじゃ?
市にいる50人くらいの指導員の中で、俺がたった一人の男性指導員で、20代も数人しかいない。
まあ、年齢や性別と考え方が完全にリンクするわけではないからこれで何が分かるかと言われると厳しいが、
意識が高い若い人は給料が安いためにみんな流出していってしまう、という現状がある。
Commented by hoshimasato at 2010-03-04 14:20
>桜吹雪さん

>一言で、びっくりです。子供たちをこんな風に指導する職員がいるんですね。

びっくりですけど、多かれ少なかれ大人は絶対にしちゃってると思います。
僕もしてしまった後に反省したりしています。
子どもと大人がいる場ではどこでもあると思いますが、
特に学校はシステム上そうせざるを得ないことが多いと思います。

あと、上の文章は僕がその場所だけをピンポイントで書いているので、
切り取り方のせいでびっくりが増すのかもしれませんね。

>ここから子供たちに生まれるストレス(思ってもいないことを言わされる)や不信感(大人はそこまで知っていて自分達に言わせている)をどの様に考えているのだろうか。

単純に、そこまでは考えていないんじゃないかと・・・。
Commented by hoshimasato at 2010-03-04 14:20
>桜吹雪さん
>学童のことは何も知りませんが、一言でいえば「理念」が甘いんじゃないかな?

それはありますね・・・。全体での意思、というものがなく、指導員がそれぞれの教育観のみで動いてしまっていて、それを問い直される場がない。
これは学校の場でいう研究授業みたいな、実践検討会、って方法があるんで、それを取り入れたいと思っているんです。
子どもたちとどう向き合っているかを記録する中で、指導員の意識を浮かび上がらせて、そこから進めていこう、という。
でも、これ以上仕事したくない人たちが多いので、なかなか難しいですね。
「意識が低いなら指導員やめた方がいいんじゃ?」と「じゃあ今いる人が誰がなるの?」という問題が帰ってくる。
指導員の5割以上が3年でやめるというデータがあります。

>子供たちをどんな大人に育てるべきなのか、そのためには子供達に何を考え感じてもらうのが良いのか、そのためには職員がどう接するべきなのか、これをしっかり作り上げないとマズそうですね。

そうですね。現場でコミュニケーションを取って、頑張っていきたいと思います。
Commented by パッキー at 2010-03-04 21:30 x
>今は「意見を言わないという方法しかない」という状況を作りすぎていると思うのさ。

確かに有無を言わさずって人は多いよね。
俺が非常勤してた学校では恐い人と生徒の話を聞く人がうまく戦略的に役割分担してたよ。
うーん…でも説明できないことも結構あるんだよなぁ。(決まりみたいなものとか特にそう。)出来ることなら、話し合いの上で解決したいところだ。

>大人ができてないのに

俺的に、ここはすごい悩みどころなんだよなぁ。
それ考え出すと何も言えなくなる。(何も言わないという教育方法もあるけど。)
俺なら自分が間違ったら素直に謝るとか、出来てないことを認めて「でも出来たほうがいいことだよね」という風にするかな。
「おまえだって出来てないじゃんか」って理論はとっても不毛だと思うんだわ。そう言いたい気持ちは痛いほど分かるけど。
Commented by パッキー at 2010-03-04 21:31 x
>学校では、「先生の思い」を汲んで、家に帰れば「親の思い」を汲んでいる。

学童保育の場では「指導員の思い」を汲んでるんじゃないかな。
子どもって結構「この人ならこれくらいのこと言っていい」ってのを判断してたりするよね。(ブログの例だと、あの場で指導員に「面白くない」とは言えないって判断してる)
言えるか言えないかに先生・親・指導員という立場はあまり関係ないと思う。
つまり、「子どもの感じている理不尽さを素直に言ってほしい」って思いがある人には、その思いを汲んで言うんじゃないかしら。
子どもに限らず人間って何かしらの思いを汲んで人と接してるんだと思う。

>これは単純に共感できてしまうんですよ。

授業でいう5時間目の眠気みたいなものかな。
授業と学童での読み聞かせでは意味合いが違うから、対応に違いがでるのかな。
俺は授業中空気が眠くなったら全員立たせて深呼吸と伸びをさせるようにしてる。授業は受けてもらわないとまずいからね。
件の読み聞かせはそこまで「きかなくちゃならない」って目的じゃないだろうからなぁ。ってか読み聞かせの目的はなんなんだろ?
Commented by パッキー at 2010-03-04 21:32 x
>大人が子どもたちのことを考えて、いい環境を提示してあげられれば、
>子どももおばあさんたちのことをしっかり考えてくれると思うんだ。

うーん、大人が子どもたちのことを「どういうふうに」考えるかだよね。件の指導員も子どものためを思っての発言だったんじゃないかな。
自発性を引き出す環境は必要だと思う。俺はどうしたらいいかさっぱりわからんけど。
話合いの場かな。


>TPOに関して
だから指導員から場を提供したり、場じゃなくても話を聞いたりして、自己表現の道しるべを作ったりすることが必要だと思う。これは学校になっちゃうのかな?
学童保育の目的が良く分からなくなった。

>俺みたいな指導員はあまりいないんじゃ?
そうなんだ。
これから両親共働きが普通の時代が来るだろうから、学童保育がもっと盛り上がるといいなぁ。
地域社会の復活に近いこともできるだろうし、教育機関と連携を密にすれば今よりも手厚く子どもたちに対応できるね。
Commented by ゆき(rera2010) at 2010-03-04 23:19 x
読み聞かせの女性と子どもたちの関係を築いていく、指導員の大事な関わりですね。子どもたちに読み聞かせをするのが楽しみな「思い」を指導員から子どもたちへ伝えていく。子どもたちが読んでほしい本を女性に伝える。はじめの一歩はそこからかな。
読み聞かせでつながる時空間。物語を共有したり、ページをめくるごとに新しい展開を見つけたり。そこに導けるのは指導員だけ。
だからこそ、指導員同士での意思の疎通は大切ですね。もう一度「どうして読み聞かせをしたいのか」を確かめあういい機会と考えて始めてみたらどうでしょう。
折り紙や手芸など、時にはジャンルを変えて女性と子どもが共有するものを作っていくのもいいかも。
何を大事にしたいのか、もう一度確かめてはどうかな。
Commented by ゆき(rera2010) at 2010-03-04 23:31 x
子どもたちを静かにさせたり、その場をおさめることに優越感を持ってはならない。それが力量だと勘違いしてはならない。
子どもたちが真剣に、夢中にさせる「何か」な魅力をもつ指導員でありたいと思います。対等にはなれない指導員と子ども。けれど、限りなく努力して「対等になりたい」と向き合うことが、何より大事と考えています。「先生は恥ずかしかった」ではなくて「先生はおばあさんの気持ちを思うと、今日はせつなかった」と言える大人でありたいな。相手を思う気持ちは言葉も変える。身をもって子どもたちに伝えたいですね。星さんの戸惑いと同じ思いは、沢山の指導員がもっていると思います。
私の職場でも星さんの文章を読んでもらって、今の思いを確かめてみたいと思っています。
Commented by hoshimasato at 2010-03-06 01:03
>ぱっきー

>俺が非常勤してた学校では恐い人と生徒の話を聞く人がうまく戦略的に役割分担してたよ。

そういうことって、よくあるね。チームワークでうまく回せればそれがいいね。

>うーん…でも説明できないことも結構あるんだよなぁ。

どういうこと?

>俺なら自分が間違ったら素直に謝るとか、出来てないことを認めて「でも出来たほうがいいことだよね」という風にするかな。

そうね、俺もそうする。

>「おまえだって出来てないじゃんか」って理論はとっても不毛だと思うんだわ。そう言いたい気持ちは痛いほど分かるけど。

いやね、出来ないのは同じなら、何で子どもにだけは強要されなきゃいけないのか、という問題があると思う。
大人は、大人であるというだけで、いろんな事からまぬがれるでしょ。
たとえば、嫌いなもの食べなくていいし、
居たくない場所にいなくていいし、
ゲームを好きなだけやれるし(耳痛いだろw)。
大人が茶碗割っても、「ああ、やっちゃったね」てな具合なのに、
子どもだと「なにやってんの!!」って怒鳴られたりとかね。
つまり「おまえだって出来てないじゃんか」というのを誰が使うかで、意味合いは変わってくる気がする。
Commented by hoshimasato at 2010-03-06 01:04
>ぱっきー

>子どもに限らず人間って何かしらの思いを汲んで人と接してるんだと思う。

それはそうだけど、俺がいいたかったのは、思っていることを言える場を作ってあげたい、ということなんだよね。
子どものころから思いを汲んでばかりじゃ疲れちゃうっしょ。全くなくすなんて無理だけど、楽に自分を出せる場所を作ってあげたいわけ。

>授業は受けてもらわないとまずいからね。

学校はカリキュラムがあって、教えなくちゃならないことが決まっているからね。
それと違うのは、学童は、子どもにこれこれをしなきゃならないってことは何も決められてないんだよ。
(学童や地域でそれぞれに「こういうことをしたい」という指針みたいなものを持ってるとこもあるけど)
だから、最低ラインが「子どもを安全に見ている」ということになる。
狭い部屋に閉じ込めてずっとビデオを見させるか、
近所の公園に散歩に行って一緒に遊ぶかは、
指導員次第。
ま、もちろん保護者の眼は入ってくるけどさ。
Commented by hoshimasato at 2010-03-06 01:05
>ぱっきー

>読み聞かせの目的

いろいろあるだろうけど、もしかしたら、それが指導員のあいだでちゃんと共有されていないのが一番の目的なのかもね。

>自発性を引き出す環境は必要だと思う。俺はどうしたらいいかさっぱりわからんけど。

まず、自分の意見を受けて入れてもらえる環境ですよ。
意見を言っていいんだ、という環境で、自分の意見が相手のアクションを変える、世界を変える、ということを積み重ねていかなければ、自発性は育たんだろ。

>学童保育の目的が良く分からなくなった。

もともとは保育所と同じで、働く親を持つ子どもたちを保育するという場所です。

>これから両親共働きが普通の時代が来るだろうから、学童保育がもっと盛り上がるといいなぁ。

「学童保育に来なきゃいけない」っていうのはどうしてもネガティブイメージが付きまとうので、
なかなか盛り上がる、って感じになってかないんだよね。
若い世代が未来の社会をどんな風に描くかで、学童の意味合いも大きく変わってくる気がする。

うまいことやれば、地域社会を再構築する軸となれる気がするよ、学童は。
頑張ってみます。
Commented by hoshimasato at 2010-03-06 01:11
>ゆき(rera2010)さん

コメントありがとうございます。

>子どもたちに読み聞かせをするのが楽しみな「思い」を指導員から子どもたちへ伝えていく。

そうですね。そうしたいと思います。

>子どもたちが読んでほしい本を女性に伝える。

うわーすごく単純なことなのにこの視点抜けてました!
おばあさんが語り部ということもあって、完全に任せっきりになってて、
それが当たり前と思ってましたが、そんなことないですね。
ありがとうございます!

>だからこそ、指導員同士での意思の疎通は大切ですね。もう一度「どうして読み聞かせをしたいのか」を確かめあういい機会と考えて始めてみたらどうでしょう。

そうですね。それなしには始まりませんよね。
うちの学童では、しっかりと保育観について話し合う場を持つのがまず一苦労なのでそこからです・・・。
まわりが、一度心の門を閉ざされてしまうと固くなってしまうおばちゃんたちなので、
真っ向勝負だけでなくうまーく伝える方法を練って、頑張ってます。
Commented by hoshimasato at 2010-03-06 01:12
>ゆき(rera2010)さん

>何を大事にしたいのか、もう一度確かめてはどうかな。

はい。そうしたいと思います。

>子どもたちが真剣に、夢中にさせる「何か」な魅力をもつ指導員でありたいと思います。対等にはなれない指導員と子ども。けれど、限りなく努力して「対等になりたい」と向き合うことが、何より大事と考えています。「先生は恥ずかしかった」ではなくて「先生はおばあさんの気持ちを思うと、今日はせつなかった」と言える大人でありたいな。相手を思う気持ちは言葉も変える。身をもって子どもたちに伝えたいですね。

本当に。心からそう思いますよ。

>私の職場でも星さんの文章を読んでもらって、今の思いを確かめてみたいと思っています。

うわーそれは恥ずかしい・・・けども光栄です。
Commented by いは at 2010-03-06 10:45 x
すげぇ。なんか濃密な議論ですね。

わたし的には読みきかせのおばあちゃんに、技術向上・工夫を願いたいところですね。
おばあちゃんの自己満足じゃ困るわけで。
いや正確にいうと、自己満足がどこにあるかっていうところで、
こどもの満足=自己満足、っていうおばあちゃんなら、
読み聞かせを改善すればいいんだと思うんです。
眠くなる時間ってのを考慮して工夫する手段は残されてる。
こどもが読み聞かせを本当に楽しいと感じてくれれば良いんだから。
(まぁ、どんなに頑張っても遊びたいこどももきっと居るけど、聞きたい子が大多数なら、きちんと聞きなさいという躾を正当にできるはず。正当っていう言葉はなんか、ちょっと嫌ですが、民主主義的に多数意見が尊重されれば、クリアーかなぁ…と思います。)

要は、
指導員さんと、読み聞かせのおばあちゃんとのコミュニケーションと向上心の問題のようにも感じます。
ちゃんと聞こうねっていう躾と、子どもが本当に楽しんできいてくれる読み聞かせの試行錯誤を同時並行でやっていくのがいいのかなって。

おばあちゃんはボランティアの方ですか?
こどもに心情汲んでもらって満足してちゃ、
Commented by 森屋 at 2010-03-06 17:36 x
久しぶりです。のぞいてみたら面白そうだったので……。その場にいたわけではないので話を誇張したり単純化したりしてしまっているから、そのせいで話がずれてたらごめん。

子供たちが誰も望んでない読み聞かせをやってるおばあさん。私はジャイアンのリサイタルを思い浮かべました。おばあさんはジャイアンみたいに体の力が強いわけではないけど、世の中では年上を敬うのが常識だし、お客さんをおもてなしするのが常識なので立場的に力は持ってるよね。指導員はその力を感じるから従ってるけど、子供たちは立場的な力を感じられない。だから指導員が読み聞かせの後に指導したのだろう。「お話聞きたくないの?」は文字通りの意味ではなくある種のシネクドキで「社会的に抹殺されたいの?」という意味で子供たちに伝わったと思う。

指導員の行動は間違っていない。立場的な力を感じるっていうのは礼儀を身につけるってことだから、指導員は子供たちに礼儀を教えたのだ。世の中礼儀で回ってる。いくら実力があっても礼儀が無い人は干される(国母選手とか)。
Commented by 森屋 at 2010-03-06 17:38 x
だけど腑に落ちないんだよな。偉いってだけでつまらないことをやってても許されるのかよ、って思う。許されない。だからつまらないと思った人がおばあさんに「つまらないですよ」って教えてあげないと駄目だ。このままだとおばあさんは裸の王様だ。指導員が自分の仕事をしないでおばあさんに向き合うことから逃げている。そのせいで子供がつまらない話で退屈する状況が生まれてるのに、自分の怠慢を棚に上げて礼儀正しくしろ、と叱っている。本当におばあさんのことを思うなら「つまらないですよ」って教えてあげないといけない。

「子の曰く、人にして仁ならずんば、礼を如何。」思いやりがなければ礼儀正しくてもどうしようもない。

星くんと違う道筋だったけど結論はほとんど同じだったかも。

それから私見だけど、読み聞かせはどうしても話す人と聞く人っていう構図が生まれるから、下手な人が話す人をやっちゃ駄目な遊びだと思ってます。
Commented by hoshimasato at 2010-03-09 13:39
>いはさん
お久しぶりです。練乳みたいな濃さですねw

>わたし的には読みきかせのおばあちゃんに、技術向上・工夫を願いたいところですね。
そうですね。教育者の側、演者の側の問題もある。

>こどもが読み聞かせを本当に楽しいと感じてくれれば良いんだから。
ちょっと脱線しますが、大人が、「子どもが楽しいと思えるもの」だけを与えようと思うことで、楽しさのインフレが起こる気がしているのです。
こういう路線で詰めていくと、たとえば学校なら授業のエンターテインメント化って話になってしまう気がするのです。
(あとは、個々で楽しいと思うものも違うので、生徒と、その生徒に合わせた授業を与えられるべき、つまりは個別指導という話にもなる気も)
それだと、教師が能動的で、生徒が受動的になってしまう。面白くないものからは受け取らなくなってしまう。
そこからは脱却したいです。子どももいろんな環境下でつまらないものだって大量に与えられる。
でも自分次第で、面白くもなるし、変えていけるんだよ、って思えるようになって欲しい。
僕にはそんな願いがあります。
つまらないものを自分の力で楽しくすることが、人生を楽しくする秘訣だと思うので。
Commented by hoshimasato at 2010-03-09 13:40
>いはさん

>(まぁ、どんなに頑張っても遊びたいこどももきっと居るけど、聞きたい子が大多数なら、きちんと聞きなさいという躾を正当にできるはず。正当っていう言葉はなんか、ちょっと嫌ですが、民主主義的に多数意見が尊重されれば、クリアーかなぁ…と思います。)

正当かそうでないかっていうのは難しい話ですなぁ・・・。
多数決の主張をメインに、少数意見も反映されるのが理想的な民主主義だからね。

>指導員さんと、読み聞かせのおばあちゃんとのコミュニケーションと向上心の問題のようにも感じます。
>ちゃんと聞こうねっていう躾と、子どもが本当に楽しんできいてくれる読み聞かせの試行錯誤を同時並行でやっていくのがいいのかなって。

そうなんですよ。
試行錯誤の方が全然ないじゃん!っていう、子ども視点からの自戒と訴えでした。
あとは、子どもも自分の力で状況を変えられるよ、ってことを小さい頃から伝えていきたい、
という僕の願いでした。
Commented by hoshimasato at 2010-03-09 13:56
>森屋のてっちゃん
ご無沙汰です。なんか、論理展開が評論的ですごいね。

>子供たちが誰も望んでない読み聞かせをやってるおばあさん。私はジャイアンのリサイタルを思い浮かべました。

爆笑。だけどもっとも。

>「お話聞きたくないの?」は文字通りの意味ではなくある種のシネクドキで「社会的に抹殺されたいの?」という意味で子供たちに伝わったと思う。

うわっw過激wでも極端に言えばそういうことだと思う。

>指導員の行動は間違っていない。立場的な力を感じるっていうのは礼儀を身につけるってことだから、指導員は子供たちに礼儀を教えたのだ。世の中礼儀で回ってる。

なるほど。ここも細かい議論はできそうだけども、今回はスルーで。
Commented by hoshimasato at 2010-03-09 13:56
>森屋のてっちゃん

>本当におばあさんのことを思うなら「つまらないですよ」って教えてあげないといけない。

これがそれこそ「礼」の問題でできない気がするんですよw
ボランティアとそれを受ける側の課題でもある。
コーディネーターとなる指導員がボランティアさんの思いと才能が発揮される場を設定しなきゃいけないと思うのですよ。

>星くんと違う道筋だったけど結論はほとんど同じだったかも。

そだねw俺はおばあさんの問題は重要視はしてないけどね。

>それから私見だけど、読み聞かせはどうしても話す人と聞く人っていう構図が生まれるから、下手な人が話す人をやっちゃ駄目な遊びだと思ってます。
これについては異論あるけどね。
俺はその場にいなきゃいけないっていう強制力が発生することの方が問題があると思ってます。
Commented by mina at 2010-03-10 21:22 x
全然関係ない話なんだけど、うちの学校では今まで「給食がさみしすぎる」って栄養士さんが非難の的でした。
品数も彩りも少なくて、例えばシナモントーストにトマトスープのみ、みたいな。
味はおいしかったし、私は今までそんなに素晴らしい給食を食べたことがなかったから、満足していたんだけど、職員室では毎日必ずグチがでるくらい、非難轟々で。
それで、他の学校の給食をよく知ってる色んな先生たち&社長がしょっちゅう意見を言いに行っていて。
そしたら、最近お皿の数が2つから3つに増えて。メニューも増えて。彩りもめちゃきれいで。かなりおいしくて。

激変しました。

もう60歳を越えてる栄養士さんで、今まで「大変だから無理」の一点張りだったのに、みるみるうちに変わりました。

大人も変わるんだ、って、実感したできごとでした。


だから、読み聞かせのおばあさんとか、子どもの気持ちに寄り添ってない指導員さんとかも、きっと変わる余地はあるはず。
(変わらなきゃいけないと決めつけてますが・・)
Commented by mina at 2010-03-10 21:31 x
誰も聞きたいと思ってない読み聞かせを行うのは、子どもにとってもおばあさんいとっても気持ちよくないことだし、

聞きたがらない子どもたちを一方的に叱るのは、本当に子どもの立場に立ってないと私は思います。

そのやり方では躾も何も、子どもたちには伝えたい思いは伝わらないのではないかと思います。

本当に、「あの人たち」っていう子どもの発言が、それを物語ってると思う。

伝わらないやり方で押し通しても、何も良いものは生まれず、ただ埋まらない溝だけが深くなっていってしまうのは哀しいことです。
Commented by hoshimasato at 2010-03-11 13:57
>mina

>激変しました。

「そんなに素晴らしい給食を食べたことがなかった」から、激変するんだねwすごいw

>大人も変わるんだ、って、実感したできごとでした。

本人が変わる気になれば変われるもんだよね。
自覚しなきゃ始まらないけど。

>そのやり方では躾も何も、子どもたちには伝えたい思いは伝わらないのではないかと思います。

そう思う。思いはもちろん一番大切ですが、その方法が悪けりゃ何にもならない。
試行錯誤していかなきゃですね。

>伝わらないやり方で押し通しても、何も良いものは生まれず、ただ埋まらない溝だけが深くなっていってしまうのは哀しいことです。

本当に哀しいこと。そうならないように頑張るよ。
Commented by 森屋 at 2010-03-16 01:55 x
最近論語にハマってる森屋がまたお邪魔しますよ。

>>本当におばあさんのことを思うなら「つまらないですよ」って教えてあげないといけない。
>これがそれこそ「礼」の問題でできない気がするんですよw

もちろん直接的な言い方はしないけどね(^^;

「子路、君に事えんことを問う。子の曰わく、欺くこと勿かれ。而してこれを犯せ。」主君に仕えるときは欺いてはいけない。そして、さからってでもいさめなければいけない。

おれは相手が目上の人でも伝えなきゃいけないことは伝えた方がいいと思うよ。

>コーディネーターとなる指導員がボランティアさんの思いと才能が発揮される場を設定しなきゃいけないと思うのですよ。
>俺はその場にいなきゃいけないっていう強制力が発生することの方が問題があると思ってます。

星くんのキーワードは「場」かな?そのうち「場」についての密度の高いコメントがアップされることを期待しております(^^) 「場」はどうあるべきか、みたいなね。
Commented by hoshimasato at 2010-03-23 07:45
>森屋くん

>おれは相手が目上の人でも伝えなきゃいけないことは伝えた方がいいと思うよ。
確かに。最近アサーティブコミュニケーションの本を読んだりしているので、技術でカバーできる面はそうしたいところです。
でも結局はお互いの対話する意思よね。

>星くんのキーワードは「場」かな?そのうち「場」についての密度の高いコメントがアップされることを期待しております(^^) 「場」はどうあるべきか、みたいなね。

「場」は最近のテーマだな。「場」をつくることって難しい反面、「場」さえ作れれば、ってこともよく感じるので。
近々かければな、と思います。
by hoshimasato | 2010-03-04 02:30 | おやすみ世界 | Comments(30)